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疫病神の傍らで|短編小説

 拾った吾子は、どうやら近辺の村から口減らしのために追い出されたそうだ。「なるほどなるほど」と頷いて聞いてやる。吾子はまだ布団の中だ。大雪の中にろくすっぽ寒さを遮ることのない薄着で放り出されたものだから、全身がしもやけのようになっているのだ。囲炉裏に火を入れ布団にくるみ、雪を溶かしてお湯も作ってやる。古く小さいが、その分隙間風は少ない家だ。じきに温まるだろう。ああ、全身が真っ赤になって可哀想に。
「おまえがいうの?」
「こりゃ、今日初めて会ったひとに、おまえなんて言うちゃいかんよ」
「ひとじゃなくてやくびょうがみだろ……」
 熱も出てきたようで、ぜいぜいと息を荒げながらも言葉を紡ぐ。囲炉裏の火が揺れるのに合わせて、熱で潤んだ瞳がゆらゆら揺れた。
「そうだねぇ、今の君らからすれば、立派な疫病神だろうよ」
 正確には山神だけど。増えすぎた生き物を減らして、均衡を保とうとしているだけのこと。そうして山が長く永く生きられるようにするのが、己が役目だ。しかし、たまたま今を生きている人間からすれば全く関係のないことだろう。解り合えないのは仕方ないが、面と向かって文句をつけてくる人間には初めて会った。一面の雪景色にうっかり隠れ損ねた動物を見つけたような心地で、なんとも愛くるしいやらかわいらしいやら。
「まあ、今年の飢饉で丁度良い頃合いになったから、来年からはもう少し作物が増えるだろうよ。禍福は糾える縄の如し。知ってるかい?」
「しらない……」
「そうかい、そうかい、本当に吾子だねぇ。愛くるしいこと。かわいらしいこと。じゃあこれは知ってるかい? 子どもはね、七つまでは神様の御子なのさ。君はいくつかな?」
「……むっつ」
「ふふふ、ふふふ、じゃあ私の子だとも。七つになるまでは置いてやるから、おおきゅう育つんだよ。かわいいかわいい。子どもはみんな可愛いねぇ」
 仮令疫病神と呼ばれても、子どものいうこと。雀がさえずる程度のこと。かわいくてかわいくて仕様がない。長い間この山の神様をしてきたけれど、わずかなときとはいえ子どもを育てるのは初めてだ。さて、しもやけの治療をしてやって、ごはんをたべさせてやって、着るものも用立ててやらねばならぬ。子どもの面倒を見るというのは斯様に手間のかかること。
 しかし、これ以上さえずる元気もないのか子どもは次第にまどろんで、ぱたりと意識をなくしてしまった。元気になったら犬が吠えるようにわめくだろうか、猫がそっぽむくように反抗されるだろうか。それとも、それとも。
「ああ楽しい。冬の愉しみができてしまった」
 正しく人の子になったとき、この子は私の事をなんと呼ぶだろう。楽しみばかりが増えて行った。

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手直し前初出 ツイッター/20200210
この作品は(pixiv/小説家になろう/アルファポリス/カクヨム)にも掲載しています。

お題[疫病神の傍らで]
(配布元/お題bot(@odai_bot00)様)

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