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「我が創作大賞・奮闘記!!」


https://note.com/jean_fr/n/nd5cfb81d02e1 (わたしの一作目・創作大賞)

https://note.com/jean_fr/n/n4eb95e7c49d1 (わたしの二作目・創作大賞) 


 今回の創作大賞が楽しみである。
 
 わたしは、まだ「note」では新人で、会員になってから約三か月程度である。
 「note」へ来る前は、「アメブロ」にいた。

 「アメブロ」は書く喜びや創作する喜びを味わったり得たりするところではなく、強いて言うなら自分が所属している「分野(ジャンル)」で、何位かということを競うとこだと思っている。

アメブロ
 

 わたしは、一時、その順位に多大な情熱を傾けた。
 
 「人に言えない恋愛」に所属していた。
 
 「人に言えない」のだから「不倫」「浮気」などの話で盛り上がっているのかと思ったら違った。
 
 「アブノーマルな性」を書くことで盛り上がっているのだ。
 
 官能小説ではない。「アブノーマルな日記」というとこだ。ほんの2~3行書いてあって終わりだ。
 
 ここ「note」では、小説家や作家を目指すプロフェショナルがいるところなので誰も相手にしないだろう。
 
 「アブノーマルな性」といっても、マルキドサドやザッヘルマゾッホのようなSMの世界ではなく、新宿や渋谷のセンター街で売られている「大人のおもちゃ」の使い方だ。
 
 中心人物は、女性で、「ことみ」というIDだ。

 彼女が、常に1位か2位であった。
 
https://ameblo.jp/himitsuno-kiroku/(ことみ)
 その幼稚な「大人のおもちゃ」の世界に、わたしは、まともな「夫婦の関係」や「彼氏との恋愛ゲーム」など、まともなものを書き挑戦した。
 
 「ことみ」が、今日は、「アブノーマルな話がありませんので終わりです」と書いてあった時、何て言う女性だとわたしの怒りは頂点に達し、「ことみ」批難を平然と行った。
 
 「アブノーマル」なことしか書くことがないとはどういう神経をしているのだ?

 「ことみ」の書いた「過去ログ」を張り付けた。そして、これだけ「アブノーマル」なことを平気で書くというのは、頭の神経こそが「アブノーマル」なのだと、平然と言い切った。
 
 簡単に言うと、「わたし」VS「ことみ」の対決となった。
 
 一時的にわたしが優位になり、「ことみ」はつぶれそうだった。
 
 すべて、アクセス解析を1時間おきに見て、どちらが優位化知るのである。
 何と「アメブロ」は参加者だけは多い。その軍勢の中でわたしは何と67位になった。さらに、順位を上げるために、追撃ミサイルとして、ぞくぞくと「ことみ」批難の記事を書いた。
 
 その晩は、わたしが、二けたの順位であった。「ことみ」はしぶとく、一けた台を守り切った。しかし、トップではなく5位か6位である。
 
 その日の出来に感謝し、喜びを満喫して寝た。
 
 妻が、「あなた、そんなに嬉しそうな顔をして何かあったの?」
という。
 
 詳しいことは言わず、
「明日も闘いがある。早朝早い。もう寝て準備しないとな」
と、ブログのことで頭がいっぱいであった。
 

パソコン

 次の朝、パソコンのスイッチを入れ、ブログを見ると、67位であったのに、870位くらいになっているではないか。
 
 それを見て、よい齢をした大人が止めようと思い、アメブロのIDを削除しすべてが消え、ゼロとなった。
 

 その次の日に、ここ「note」へ手土産も持たずに着た切りスズメで来たのである。


ノート

 
 最初の頃は、ここ「note」で何を書いたら良いのか分からず、とにかくショートショートの小説とか「創作文」だなと考えていたが、まだまだ肩に力が入り自由に書けるには至らなかった。
 
 今は、ここ「note」に入れることを周囲のみんなに感謝し、運営部にも喜びを伝えたい。
 

 話は、だいぶ脱線してしまった。
 
 会話と言うのは、話が脱線するから面白い。話す感覚でこの文章を書いているから、ある程度の脱線は許されるであろう。
 
 三か月前にここへ来たときは、まだ「創作大賞」の存在さえ気がつかなかった。ここに溶け込むことばかりを考えていた。
 
 はっきりいうと、「創作大賞」を知り、意識し出したのは一か月くらい前である。
 
 まだまだ、作品を出すにはわたしは未熟であり、賞とは無縁の存在だと考えていた。
 また、手持ちの原稿が、正直に言うが全くなかった。
 
 それが、ここで「ブログ」形式で書いている時に連載物形式に一応なり、使えるかもと言うものが、出来上がっていた。
 
 人生とは不思議なものである。
 
 用意してなかったものが、いつの間にかにできるからだ。
 
 そして、「創作大賞の締め切り」2週間前ぐらいになって書き始めた。
 そこには、賞とは無縁と言う気持ちと、出してみたいという意欲との厳しい葛藤があった。


 結局、作品を出すからには賞を取ればよい、それだけのことだ、という自分勝手な展開になり原稿に着手した。
 
 わたしは、パソコンやネット世代ではない。トランジスター世代なので、ワードでキーボードを打ち書くが、それだけでは原稿を書いているという実感がないのだ。パソコンの原稿を見るわたしとの間には、心理的な距離がだいぶある。
 
 それで、一旦、出来上がったページまでをプリントアウトしてペンで修正するのである。ペンで直に修正した後、その原稿をまた打ち込むのだ。

プリンター

 
 無駄なようだが、創作に必要なのは「真心」である。
 
 そうでないと「魂」がない、すなわち、「実体」のない「作品」になってしまうのだ。


原稿

 妻は、そんなに沢山無駄な印刷をして、プリンターのインキはお値段が高いのですから、もっと大切に使ってください、と小言を言う。

 娘は、おもしろいわよ、パパ、こういう文章好き!と言ってくれる。

 家族の小言が混じった応援があったのは事実だ。
 締め切り一週間前で、ほとんど印刷した。
 
 最終チェックである。
 印刷物にペンで修正し、修正したものとまだまだ時間がかかりそうなもの、すぐに手直しが利くものに分類した。
 
 わたしの書斎の椅子の周囲は、印刷したり手直しした原稿でいっぱいに散らかっていた。
 
 その散らかりようを見て、こんなにも仕事をしたかと満足心を少し感じた。
   

書斎


 だんだんと締め切りが気になり、妻や娘がいると気になるので、わざと夕方の6時過ぎに寝て、深夜の1時丁度に起きた。
 
 窓からお庭を見るとシーンと当たり前のことだが、昼間の車の通る音は近くでの工事の音、人の声などの喧騒はなかった。
 
 暗闇で静まり返っていた。
 
 わたしは、まず、コーヒーを飲み、書斎に腰を下ろした。
 いつものように同じ手順でリズミカルにせっせとと働いた。
 
 いくら書いても原稿料は来ないのだ。
 
 朝方の1時からぶっ続けで、午前10時まで仕事をした。
 次の日は、同じく夕方に寝、深夜の同じく1時に起き、その晩にこそ完成させてしまうぞ、という勢いで午前の11時までぶっつづけで働いた。
 そのおかげで、大半の原稿ができた。
 
 さすがに疲労のせいか、めまいがし、足元を取られた。
 ビールと赤ワインを飲み、自分を元気づけるようにした。
 
 ふらふらとするくらいなので、休もうとしても神経が高ぶっていて休むことができない。
 
 もうろうとしたまま、椅子に腰かけ、ネットで「上手な小説の書き方」というような記事を読んだ。
 
 そうしたら書いてある。
 
 小説は出だしで決まると。
 
 出だしがつまらないものは、読者は読もうとしないと記されている。
 まさしくわたしの作品のことではないか。
 
 これでは致命的だな、最初から書き直す時間も体力もないしと、即席で、最初の2ページのある部分とある部分を入れ替えて加筆したりできるだけ努力はしたつもりである。
 
 努力はしたが、報われていない気がしてならない。
 
 あんな記事などよまなければよかったと、その記事に、やつあたりをした。
 今回、「創作大賞」には二作を応募原稿として出した。
 

 一作目は、「我が家の貧困との闘い!」という「実話」にちかいようなものであるが、書き溜めたブログをもとにして書いたものである。
 
 もう、一作の「愛、欲望、そして、孤独」は、書こうと思って書いたのではない。いつのまにか、出来上がってしまったのだ。書いたという自意識にすごく乏しい。もちろん、プリントアウトし、前作と同じようにペンを入れなおした記憶があるのだが、書こうと思って書いたものではないのだ。
 
 出来は良いと思っている。
 

寝室


 わたしは、大学生の時から不眠症であり、睡眠剤を飲んでいた。今現在も不眠症でその頃より、耐性ができたため、かなり強い睡眠剤を飲んでいる。
 
 多分、睡眠剤が覚めない中、夢心地でと言うとおかしいが、そんな気分の時に書いたのではないかと思う。
 
 もちろん、わたしの文体であり文章スタイルである。
 
 書いたという記憶が強く残っていないのである。
 不思議なこともあるものだ。
 文豪であった川端康成氏が「眠れる森の美女」を書いた時、彼は不眠症で睡眠剤を常用しており、そのせいか、彼には、その作品を書いたという記憶が乏しかったという一文を思い出すほどであった。
 
 人間は機械ではない。
 生身だ。
 なにがあってもおかしくはない。
 
 その日の午後、「創作大賞を応募するときに気を付ける点」というのがあり、そこを読んでいた。
 
 そうしたら、「オールカテゴリ部門」は、1万字数と書いてあり、わたしの原稿は、2000字ちょっとオーバーしている。削れる点を、文章全体から削り、最後の方も余計な部分は切り捨てコンパクトにまとめ、終わり方も良いように気を付けた。
 
 しかし、妻が読むとそんなことは書いていないという。
 
 わたしは、「事務仕事」に疎い。
 単純な読み違いであったのだろう。
 
 コンパクトになったので、それ以上手を入れるのはやめた。

 いよいよ次の日が、締め切り一日前である。
 締め切り、当日に出そうかとさえ考えていたのだが、わたしの場合は、何せ読み違いなど、ケアレスミスが多い。
 それで、一日前に応募することにした。

 妻も「note」に参加している。
「わたし、もう、オンライン上に出しましたから、出すと創作大賞の図柄がでるわよ、それで成功ね」
と、自慢そうに言っていた。
「その創作大賞の図柄が出なかったらどうするんだ?」
「そのときは、再度オンライン上に出す手続きをすればよいのよ」
「万が一、カーソルが当たってうっかり削除してはいけないので複製をつくっておくよ」
と言った。
 ハッシュタグをいれるというのが、難しすぎ、わたしの頭は域地に達っしていた。
「やっともらえないかな」
「いいわよ」
と、妻は快く承諾しわたしの作品を出してくれた。

 今回、書いていて一番大切だと感じたのは、小説の題材である。
 今の言葉で言うと、ネタである。
 新鮮なネタには、技術的にそううまくない人でもよい文章が付いてくる。
 ネタが腐っていれば、どんなに書くのが上手くても腐った作品しか生まれない。

 それと今回の反省は、第一作目は、登場人物をもっと生き生きと描けばよかったと思う。緊張のし過ぎだ。
 二作目は、わざと感情を殺し淡々と書いたのだが、文章におもしろみがなく、技巧的に幼稚である。
 この二点をまずは、クリアしようと思う。

 9月の末日までに「群像」があり、10月末日までに「文學界」がある。
 
 この大きな賞に向けて、まずはすぐに書く前に十分に「小説の準備」をしなくてはならない。
 
 8月は、いや、今日からそうなのだが、夏期講習が始まり大勢の子供の軍勢が集まる。一人一人、丁寧に教えなくてはいけない。
 
 わたしは、威張っている塾講師とは違う。
 いつも生徒と共に考え、共に成長したい。
 
 子供の持つ感受性は素晴らしい。
 
 仕事と趣味が両立することが望ましい。

 とにかく、ホッとした。

創作大賞


 


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