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「生きるAIの子」第3話 (漫画原作)

 「最愛のお子さんを失い、立ち直れない日々を何とか生きている、あなたに朗報です。あなたは国が密かに推進する『AIの子プロジェクト』臨床研究の治験者に選ばれました。詳しい資料を同封しました。興味を示していただき、注意事項に同意していただければ、いつからでもあなたに幸せを与える手続きを開始します。つきましては資料のすべてに目を通し、同意書に必要事項を…」
中身は怪しい文言が並ぶ胡散臭い手紙だった。どうして私が中絶したことが外部に漏れたのだろう。病院は患者の個人情報を守る義務があるはずなのに。国の推進とあるから国からの圧力で勝手に情報を漏洩したということ?気味が悪いと思いつつも、興味本位で同封されていた資料に目を通すと、私が妄想で考えていたSF小説と同じような内容で驚愕してしまった。
 
 要約すると、少子化対策の一環として、ヒトの卵子と精子を人工的に培養することに成功しており、完全人工受精卵から育ったヒトがすでに誕生しており、今後は子を授かれなかったり、失った人たちのために、その個々人の遺伝情報を持ち、我が子代わりになるヒトを誕生させようと企てているらしい。人工的に誕生させた赤ちゃんの育児は至って簡単で、手間暇かけて普通に育てることも可能だが、基本的に羊水のような魔法の液体が入ったカプセルの中に入れて眠らせておけば、その中で栄養も摂れ、勝手に育ってくれるため手間がかからず、シングルでも育てやすいと。育児ノイローゼになる心配も少なく、親は仕事などこれまで通りの生活を続けつつ、子育てにも参加できて子をもつ幸せを味わえる。遺伝情報にこだわる場合、胎児のうちから脳と共に成長するAIを搭載させ、親の情報を取り込むことができると。本物のヒトの場合、父親、母親どちらの遺伝情報も必須だが、AI搭載赤ちゃんの場合はどちらか片親の遺伝情報のみでも問題ないという。そもそも人工受精卵に遺伝情報が含まれているため、そこに子を望む第三者の遺伝情報を付け加えることをこれから治験しようとしているらしい。髪の毛一本、血液一滴など、その人由来の細胞がひとつでもあれば、簡単に我が子同然の赤ちゃんを誕生させることができると。ただし、現段階では人工的に誕生させたヒトは繁殖能力はないものの、セックス自体は可能で、精子も卵子も体内で発生はするけれど、機能しないようにプログラムされているそうだ。そしてまだ治験段階のため、このプロジェクトに協力してくれる治験者には守秘義務があり、AI搭載型人工人間を育てていることを、周囲に知られてはいけない。国が主導しているため、戸籍等も正真正銘の親子として自動的に書き換えられる。治験においては一定額の給与の支払いに加えて、12歳(小学6年生)までは子育てにかかる費用の一切は国が負担する。それ以降は親次第。様々な事情で親子関係を続けることが困難になった場合も、その子を抹殺することなく、国が責任を持って育てる。しかしながら手放すと決めた場合、親子双方の記憶を消去する。決して命を始末するなど、野暮なことはしないから、ご安心を。
 というように私の妄想を遥かに超えた、にわかには信じられない内容だった。
 
 もしもこのプロジェクトが本当ならすごい。空っぽの心を花やエコー写真で満たしつつ、暗闇の中、何とか生きていた私にとっては、すがりたくなる希望の灯火だった。もしも嘘や詐欺だとして、騙されてみるのも悪くないかもしれない。どうせ私は1年前に生涯で一番かけがえなのないものを失った人間で、これ以上、何を失ったとしても、何も怖くはない。幸与を心の中で生かすためだけに生きているのだから、自分の命を失うことになったとしても、何てことはない。逆に、もしも本物の国家プロジェクトで給与をもらえる上に、生活を変えずに楽して自分の赤ちゃんと触れ合えるとすれば、至れり尽くせりじゃないか。一か八か、治験に参加してみよう。おさまる気配のない母性は、足を踏み入れてはいけない領域に私を誘った。
 
 母性にそそのかされた私は、その怪しげな資料を信じ、1年前の中絶同意書とは全く違う、得体の知れない「AIの子推進プロジェクト同意書」に必要事項を記入し押印して、あっという間に返送していた。
 
 1週間後、指定された秘密の場所へ足を運ぶと、あの時のやさしいおじいちゃん先生のような高齢の研究員が現れ、小さなカプセルに入った2センチ程の胎児を見せつつ、「この子があなたの子になる予定の子です。」と微笑んだ。直に見られなかった幸与もあの時、こんな感じだったのかなと思い出すと、涙が滲んだ。そして私は自分の髪の毛一本と、それから別れた彼が専用で着ていた部屋着に付着していた彼の毛も、その研究員に託した。
 
 幸与が1歳の誕生日を迎えるはずだった、その年の9月12日。赤ちゃんを迎えるため新天地に引っ越した私の元へ、カプセルに入ったAI搭載脳の子が研究員と共に現れた。
「今日から一緒に生活してください。藤宮さん、この子はもうあなたの子ですよ。」
研究員が開けたカプセルの中から、恐る恐るその子を手に取り、そっと抱き寄せた。
「すごい…この子が私の赤ちゃんなんだ…。」
私が抱えた途端、泣き出したその子は本物の赤ちゃんと少しも変わらず、命そのものだった。ようやく出会いたかった命と出会えた気がして、涙が溢れた。
「月1度はカプセルのメンテナンスに訪れます。何か困った事態になれば24時間、いつでもこちらへご連絡ください。これから最低12年間、この子をどうかよろしくお願いします。」
その研究員は名刺を手渡すと、私の部屋から去って行った。
 
 ミルクをあげたり、おむつを交換したり、あやしたり、私は幸与と名付けたその子との温かい時間にこの上ない幸せを感じていた。どうしても泣き止んでくれなかったり、疲れている時は、カプセルにお願いすれば休息できたので、何も心配なかった。約束通り、治験の給与も毎月支払われ、暮らしに困ることもなかった。とは言え、治験のお金を当てにできるのは12年間のみで、その後は自力で育てなければならない。13歳になる前に、経済的に困窮していると判断されれば、強制的に国が子を引き取るという規約もあった。ライターの仕事を続けつつ、一攫千金の売れっ子作家も目指しつつ、地に足をつけた手堅い職種もそれまでの間に見つけなければと、生涯幸与と共に暮らしたい私は、将来に向けて真剣に考え始めていた。
 
 子どもの成長は早く、赤ちゃん時代なんて瞬く間に過ぎ、幸与はあっという間に小学4年生の10歳に成長していた。小さいうちは私に似ていた気がしていたけれど、最近は彼にも似てきたように見えた。成長が著しくたのもしい我が子とは反対に、私は売れっ子作家になんてなれるわけもなく、相変わらず細々ライター業を続けていた。国との約束の期限まで残りわずかとなり、いい加減、本気で稼げる職を探さなきゃと思っても、正社員なんて厳しい年齢になっていた。気づけば私は閉経を迎えた51歳になっていた。
 
 「お母さん、あのね…ぼく、また好きな子ができちゃった。」
彼に似ているのか定期的に好きな子ができる幸与は、また新たな恋をしているらしい。
「へぇーまた好きな子ができたのね。どんな子なの?」
「とってもかわいい転校生で、菅生雪心(すごうゆきみ)ちゃんっていうんだ。ちょっとぼくと名前が似てるし、気になっちゃって。」
浮かれている息子をよそに私は、その名字に敏感に反応してしまった。
「菅生…雪心ちゃんっていう子なんだ…。お母さんも会ってみたいな。」
「今度、授業参観があるじゃない?ぼくの席の隣の子だから。美人なんだよ。」
美人に惹かれるなんて、幸与は私に似て面食いなのかもしれない。
 
 授業参観日。まさかねと思いつつ、幸与が通う小学校へ向かった。教室に入り、私に気づいた幸与は振り向いて、手を振ってくれた。そしてこの子だよと教えるように、隣の女の子の方をちらちら見た。横顔しか見えないけれど、たしかに美人かもしれない。幸与ってば、高嶺の花に恋してるなと息子の恋の行方を心配し始めていると、少し遅れて一人の父兄が慌てて駆け込んできた。
ドアのすぐ側の隅っこに立ち、汗を拭っていた人は見覚えのある顔だった。
「えっ…瞬くん…?」
彼も私に気づいたらしく、困惑した表情を浮かべていた。
「えっ…透子…?どうしてここに…。」
お互いに心の声が漏れてしまっていた。
 
 やっぱり…転校生の雪心ちゃんって子は彼の子だったんだ。あれほど子どもはいらないと豪語してたくせに結局、奥さんとは子ども作ってたんじゃない…。しかも幸与と同級生ってことは、私が中絶した頃に奥さんも妊娠していたってこと?もしかして奥さんとの子が生まれるというのに、不倫相手の私なんかが産んだら迷惑極まりないって思って、むきになって産むこと反対したのかな…。せっかくの授業参観だし学校での幸与を見ていたいというのに、もやもやした気持ちの私は今さら無意味な想像に時間を費やしていた。
 
 授業が終わると、廊下に出た私を彼が待ち構えていた。
「驚いたよ…。もしかして透子は養子を迎えたの?」
治験に協力していることは口外できないため、ごまかすことにした。
「うん、まぁ、そんなとこ…。それよりあなたの方こそ、お子さんいたのね。奥さん、子ども欲しがってるって言ってたものね。」
「うん、ごめん…。俺の子ではあるけど…透子が思うような、そういうことではないから。」
彼はしどろもどろ弁解し始めた。
「言い訳しないでよ。同級生なんだから、完全にあの時期とかぶってたじゃない。別にもう気にしてないから。私には息子がいるし。」
私たちが少し険悪な雰囲気で話していたところに、幸与が
「お母さん!」
と笑顔で駆けてきてくれた。その隣には大人びて見える雪心ちゃんがいた。

(※本文はちょうど4000字です。)

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