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Yangon 迎光

迎光と書いて、ヤンゴンと読むんですって。

中国語なのかな。音の響きわからないけど、表記かっこいいですよね。

こんばんは。今日はミャンマーのヤンゴンを旅した話をシェアさせていただきます。ミャンマーの人々は皆、とても優しかったです。

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またミャンマービール、ミャンマーで飲みたい。

本日も、本編だけで5,500文字くらいあるので、早速旅にでちゃおうと思います。

言文一致体、回想録的散文日記。

皆の旅の無事を祈っています。

Myanmar ミャンマー連邦共和国

Yangon 迎光

そうなんだよ、最近の旅じゃこのヤンゴンが一番良かった。本当にずっと楽しかった。バリの最初の方くらい楽しかった。もう最初っから楽しかったし、これがフィリピンの二ヵ月後だから、2019年の2月、もう1年以上前だ。

「時間が経つのが早すぎる」っていつも言っている。

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この時は成田からタイで乗り換えてヤンゴンだった。もう移動するのが嫌だったから、ヤンゴンだけに留まることにした。

二日目、みんなでシュエダゴンパゴダに行ったなぁ。みんな女の子。いいんだ俺はこういう時だけモテるから。そこで合流したお姉さんとかと、バッパーの最上階のルーフトップバーで楽しく飲んだなぁ。

昼間はマヘンドラさんの日本人学校時代の友達のパンダちゃん姉妹と有名で美味しいミャンマー料理食べたし、その夜はまた別のルーフトップバーにも行った。ミャンマーの子達優しすぎる。全然すれてない。そんでもってミャンマービール美味しい。どこから話してんだよ!!

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ミャンマーのヤンゴン空港はバリの時よりは落ち着いていた。もうね、空港でお金も替えて、SIMカードも買って準備万端。
タクシーアプリも使って移動も問題なし。さて、何が巻き起こるのかわくわくしている。

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朝一番で家を出たんだけど、ヤンゴンの空港を出る頃には夕方になっていた。時差もあるけど、飛行機移動に7時間くらいかかった。

ヤンゴンが中国語で書くと「迎光」って記すのが聖なる場所っぽくてかっこいい。

空港からタクシーで初日に泊まる宿へ。ドライバーもがめつくなくていい人だった。全然騙そうとしたり、営業をしてこない。
この頃の俺は東京で働いてばっかりだった。同じ様な毎日の繰り返し。でも、今度は俺がホストになってカウチサーフィンで家に何人も旅人を泊めていたんだ。その旅人達と話すのは旅を感じる事が出来て楽しかったなぁ。

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宿に着いて一息入れて、近くの飲み屋にミャンマービールを飲みに行った。街道沿いでは祭りが開かれていたんだか、大きな人形が踊っていた。

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ヤンゴンは乾季でカラッとしていて天気は最高。

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シロちゃんがヤンゴンの歩き方全部知っているから付いて行った。遠くから見てもシュエダゴンパゴダは綺麗でさ、階段を上がっている間、両脇にはたくさんのお土産屋がある。内装も綺麗で見とれながら長い階段をのぼった。

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途中で座ると、階段はひんやりしていて気持ちよかった。

パゴダ内部は靴を脱がなきゃいけなくて、裸足で歩いた。

シロちゃんと昼間のパゴダ見学。工事中だったけど、偉い良い所で気持ちが和む。

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その後屋台で一緒に辛いミャンマー料理を食べて、俺はその時は変な柄のエナジードリンクを飲んでみた。そこからまたシロちゃんとローカルバスに揺られて旧市街まで出た、俺がステイするバッパーまで送ってくれることになった。

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ヤンゴンの街って古いんだけどさ、道は整って碁盤目状になっていて、どこのストリートも味がある。

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バッパーに荷物を置いてから一緒にボージョーアウンサンマーケットまで遊びに来た。古くて汚い所なんだけど、いやに味があってさ。タイとも少し似ているし、なんかやっぱり東南アジアだし。いいんだよなぁこのゆるさ。カンボジアを少し思い出した。屋根が渋いんだよ。屋根っていうか、天井。

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ミャンマーの人達は顔に「タナカ」を塗ってて可愛いから、一緒に写真を撮ってもらった。シロちゃんと来て良かった、ミャンマーの事を少しは掴めた。

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それから歩いて小さなスレーパゴダへ行って、また裸足になって地元の人の見様見真似でパゴダへ拝んだ。その後、すぐ近くのマハバンドゥーラ公園に行って独立記念塔にもたれてだらーっとしていた。

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ヤンゴンの人々はここで憩いの時間を過ごす。

だんだんと空が夕暮れてくる。

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ケーズのインスタライブを見ながらこれを書いている。いつだか、俺が旅から帰ってきた時、店長は「お前は人に出来ないことをやっている、本書けよ」って言ってくれたんだった。2回目は「ホーリーズ」の小山さんだ。

ゆっくりと歩いていたら、バーに着いて、みんなと話していた。俺は旅の人だし、宿は街の中だし、もういつまででも飲めたからずっと飲んで話していた。いろんな子達と話して友達いっぱいできたよ。それでね、みんなで旧市街のチャイナタウンへ飲みに行くことになったから、俺も車に乗せてもらってみんなで行った。

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この日は偶然「チャイニーズニューイヤー」だったらしい。いつだか、コーヒーと居たタイの時もそうだった。

夜がやけに明るい。良かった今日みんなと会って。

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チャイナタウンでミャンマービールを飲んだ。一杯70円くらいだったんじゃないかな。通りに中国のボンボンいっぱいあってさ、こんなゆるい旅がしたかった。

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ミャンマーの人達はみんな優しかった。ドラゴンの明るく光ったモニュメントがあったから、ぷーぷーと一緒に写真を撮った。

飲みすぎて、ヘべれけで帰った。それから屋上で風を浴びたっけ。

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朝日を見てからまた寝たんだけど、朝食食べにまた屋上に行ったの、そこであの子、東京のバーで知り会っていたちあきちゃんと偶然再会して、一緒に飯食ってヤンゴン観光行くことになった。

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昨夜のチャイニーズニューイヤーの名残で汚れまくっているストリートを見終わって、電車で「ヤンゴン一周」しようってことで、ヤンゴンセントラル駅へ。

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それぞれの旅が交差する瞬間がたまにある。
どうやら線路は工事中かなんかで、一周出来ないらしい、でもね気休めに列車には乗った。乗るまで、1時間半くらいホームで待っていた。

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時間はあったしゆるくて全然いい旅なんだ。絵具で塗ったような電車の色だ。もう午後の2時、やっと電車の中。

ローカル電車の雰囲気って良いね、どこまでもゆるく行こう。

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電車の中で偶然同じ車両に乗っていた女の子も一緒になって、途中下車してパンダちゃんと会う為に待ち合わせ場所の「フィールミャンマーフード」までタクシーで向かった。

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パンダちゃん姉妹と大体同じタイミングでレストランに着いた。この日は何をするにもグッドタイミングだったんだ。

みんなでゆっくりご飯を食べて、また飲んじゃって。最高に楽しくて、その後みんなでシュエダゴンパゴダに行くことになった。

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ちなみに、パンダちゃんは俺の同僚のマヘンドラさんの日本語学校時代の友達で、マヘンドラさんがミャンマー行くならって事で、俺に紹介してくれたんだ。そして「タナカ」はミャンマーでは日焼け止めみたいな感じでみんな顔に塗ってんだ。

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この夜も最高だった。これが旅だ。夜の金色に輝くパゴダを見上げていた。膝を着いてお祈りして、パンダちゃんに教えてもらったように水を神様にかけてまた祈る。裸足で歩くたんびヒヤッとしたなぁ。あぁこの夜、気持ちいい。昨日の夜も夢みたい。この夜も夢みたい。

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それでね翌日、俺は朝超早く起きて街はずれのバスターミナルへ、今日は一人里を離れて佇むゴールデンロックへとバスで向かう。朝早く起きたから、空気はまだ少しひんやり冷たい。
東南アジアの旅で学んだことの一つに、外は暑いがバスの中は冷房をガンガンきかせるから上着が必要な事がある。僕は羽織を持っていきバスに乗った。案の定バスの中は少し寒いくらいだった。移動に5時間弱かかる。

車内でどうして来てしまったんだろうと少し後悔した。こんな事は毎回思う。どうして帰ってくる道、降りてくる山をみんなは歩むんだろう。

結局、最後は元いた場所へ戻ってくるのに。

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ミャンマーの山奥を窓から見ながらぼやっとそんなことを考えてみたりした。幅の広い大きな川を何度か渡った。人里離れすぎていて人の手がついてない。それでも川には橋を建設する予定の様な様子が見て取れた。

バスを降りる時、ドイツから旅に来ていた一人の青年と出会った。ちょうどいい、「俺も一人旅だから一緒に行こう」って声をかけた。

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地元の人だらけのバスに乗り替え山へ入って行く。山道が細い為、道幅が狭くなる所ですれ違える様、道の広い所で何度か降りてくるバスを待った。山を右往左往、上から下へまるでジェットコースターに乗っているかのようにバスはくねくねと車体を揺らした。

青年と出会っていて良かった。しっかりとリアクションが取れる。

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バスの停車中にどこから現れたのか、売り子が食べ物を売りに来た。ちょっとでも運転を間違ったら山の下まで堕ちていきそうなくらいに細い道をグングン走る。わかった、これ自体がもうアトラクションなんだ。ここもゴールデンテンポーの楽しみの一つだということに気が付いた。

揺られること、20分くらい。遂に頂上一帯に着いた。

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空は真っ青、雲一つない。青年と一緒に裸足で歩いた。ゴールデンロックはなんと工事中だったけど岩を触る事は許されていた。掌でそっと触れる、岩との対話が始まる。ミャンマー語はわからないけど、なんだかパワーをもらった気になれる。俺のと交換したって言ってもいいと思う。

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不思議岩だ。でっかい岩が、山のてっぺんにある。誰かが持ってきたのか、落ちてくるわけないし。火山かなんかで吹っ飛んできたのか、でもそこにちょうど乗っかるかね。なんとも摩訶不思議だ。女性はこの岩には近づいちゃいけないらしい。そういう宗教上の決まりがある。

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頂上の空気はすこぶる上手い。空は快晴、眼下に広がる山々。爽快な気分。やっぱり旅は乾季に限る。青年と俺は少し奥まで歩いて行った。

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お土産屋が脇に広がる階段を下りていく。きりがないから戻って一緒に飯を食った。ここは観光地らしいけど、物がやたらと売られていた。運んでくるのもよいでない所なのに。ミャンマー人って意外としっかりしていたりして。

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飯食って、下山して午後2時過ぎくらいの早めのバスで戻ることにした。

ヤンゴン迄また5時間くらいかかるし、バスを待っている間に青年とビールを飲んでゆっくりした。

このゆるい感じが好きなんだ。ってもう何回も書いている。

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顔に「タナカ」を塗った赤ちゃんとママとスマイルを交わした。
帰りのトイレ休憩でまた別の寺院に立ち寄った。

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もうこの頃は何時にバスが出るかもしっかり聞き取れている。おごっちゃだめだから確認もしたけど。僕の英語レベルは確実に上がっている。

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すっかり暗くなった頃にヤンゴンの街はずれのバス停に着き、タクシーで街中まで戻った。宿で携帯を充電し、エミーちゃんとスーちゃんと一緒にまた飲みに行くことになった。青年はヤンゴンまでの途中の道で途中下車していた。

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旧市街のヤンゴンヤンゴンっていうルーフトップバーで一緒にお酒を飲んだ。二人ともすれてない。スーちゃんは日本語を話すのが上手で、エミーちゃんは英語を話したけど、発音があんまり聞き取れなかった。二人とも街中に住んでいたので一緒に帰った。

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翌朝、ヤンゴンから移動をしなくていい旅程を組んだから、ゆっくりと過ごす事にした。ここの電線も古いものが絡まり合っている。

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この日はプープーとツーちゃんとスーちゃんと一緒にご飯を食べた。ミャンマーの子達の名前には苗字がない様で、似た音が並んでいてなんだか可愛かった。

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一緒にヤンゴンの街を歩いてチャイナタウンでみんなでミャンマービールを飲んだ。エミーちゃんも合流して夕方くらいからずっとミャンマーの子達と飲んでいたなぁ。

外は暑くて汗もかいていたから、あんまり酔わなかった。

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翌日もあの子達に誘われてみんなで観光することになっていたから、それまでは古い町並みを散策して過ごした。今日はプープーちゃんはいなくて、ドイツから仕事で来ている美人のフェデリカも一緒だ。

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みんなでジュースを飲んで、アートで有名だというストリートを観に行った。移動はタクシー、ヤンゴンではこれが普通らしい。

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俺も髪切ったし、顔に「タナカ」を塗って写真を撮った。そこはアートで有名なストリートなんだけど、民家の壁に作品が描かれているし、室外機もあるし、洗濯物もあるし、生活感丸出しの所だった。

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ミャンマーの人ってそんなの気にしなそう。古い住宅の壁に草が生えていて、やけに年季が入っていた。いろんなウォールアートがあって、みんな違ってみんな良い。その後みんなの友達のコリアンガイの店でピザを食って談笑した。

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「The World Need you」そういう事らしい。ここのNeedはNeedsが正しいんじゃないだろうか。どうでもいいかそんなこと。

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ヘッドフォンを付けたアーティストが絵を描いている。スーちゃんもチョーちゃんもフェデリカも可愛い。
道の真ん中にブランコとか設置するセンスがミャンマーなんだな。

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それから僕等は歴史的建造物の旧市庁舎へ。中に入り、また写真を撮って遊んだ。ここはあの有名なアウンサン・スーチーさんの父親、アウンサン・オンサン将軍が暗殺された場所らしい。

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僕は、旧庁舎前の通りでアウンサン・スーチーさんの本を買った。飛行機の中で読もうとしていたんだけど、結局疲れてて読めなかったんだ。

その後は、洒落た古民家カフェに入ってくつろぐ。

僕等はミャンマーのお茶を飲んだ。

たぶんこの日が最終日だ。俺がホテルに荷物を預けているので一緒に来てくれた。ずっと充実していて最高の旅だった。
またミャンマーに遊びに行きたい。
俺のほっぺの「タナカ」がはげてきて、もう帰る時間だ。

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夜中の飛行機に乗る。ホテルからタクシーが出る頃にはもう日が暮れていて、俺の初めてのミャンマー旅が終わろうとしてる。来るタイミングはばっちりで、最高に楽しめてしまった。あぁそう言えば、この頃のスマホももう壊れてしまったな。

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空港で落ち着いて飲むコーヒーは豊さで満たされている。

帰りもタイで乗り換えたんだけど、時間が少し空いていて、ごろ寝スペースで横になって寝ていた。そしたら飛行機を逃しそうな時間になっていて慌てて乗り込み口に行ったら、もうみんな乗り込んだ後で少し焦った。そこからまた真夜中のフライト。

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日本に帰ってきてお腹が空きすぎて、吉野家で牛丼を思いっきり食べた。

そしてまた東京に帰る。いつもの日常へ戻っていく。

働いて、働いて、また働く。

そういうのもいつか書いてみたい。

ミャンマーはいつでも僕達を待っている。

編集後記

こちらの旅の青年、ミャンマーのヤンゴンではモテてましたね。

あれは嬉しかったな。たぶんね、あれだな。

もっと表に出た方がいいぞって事だな。

籠って書きすぎていてもよくない。

バランスが大事。

「The World Need you」と書かれた壁の話出てきましたね。

そうなんです、あれ、ミャンマーのアーティストからインスピレーション受けてるんです。

一人で全部できない。皆の力がないと到底やっていけません。

もうすぐ今年も終わるぜ。

昨日もお伝えしたけど、これは最終話迄お伝えしたい。

『光の中を旅してた』-Living In The Dream- 

僕が2016年から2021年までに綴った旅物語エッセイのすべてが詰まった完全版。
車窓から外を見るともう真っ暗だった。
大切な事は胸の中にあるよ、きっと。
誰かの夢の中を歩いているみてぇだな。
しまっていこーぜ! みらいのおれ。
毎日自分の大切な人達のことを想って暮らしていた。
「だいじょうぶよ。あなたならきっと大丈夫」
眠りにつく前、笑う。
旅の無事を祈っているよ。
とにかく昼間っから飲むビールは最高だぜ。
緑はたくさんの時間を僕にくれる。
新しく輝くんだ、身も心も新しくなっていいんだ。
それは、今なんだ!
さあ、新しい旅に出るんだ。
気楽にいこうぜ。
光は闇に吸い込まれ、また日は登る。
もっと大人になってると思ってた。
嬉しいよ、喜んでるよ今でも。
いつかふとした瞬間に脳裏に過る、旅のかけらがある。
夜が明けて、朝が来る。
僕の背中をいつも押してくれていたのもやっぱりこいつ、『光の中を旅してた』だったんだ。
全7章20編202話旅物語全収録。
シリーズ第十作目『光の中を旅してた』-Living In The Dream-

2021年、こいつを放てれば、僕は満足です。

もうすぐ冬休みが欲しい。頂けそうです。感謝。

さて次回は、香港、マカオにもう一度行った話があったのですが、旅程は全部兄任せだったので、東京での自粛中だった時の地味な生活の話をシェアしたいと思います。

最終話まであと少し。
メリークリスマスしたいですね。

たくさんスキしあいましょう!! またね。

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