311を忘れない

ウイルス共存プロジェクト・6話目往復書簡

前回のコロナ患者を受け入れた回については、
私ごときがコメントするのは はばかれる、本当に素晴らしい取材録だったため、
きみどりさんに断り、コラムを控えさせていただきました。
改めて最終回となる今回のコラムを書かせていただきます。

3.11で見せた、日本人の品格

今回のコロナ同様、日本が震撼した災害のひとつに、3.11があると思う。
このコラムでも何度か引き合いに出しているが、あのときに浮き彫

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拙い文章にスキ!してくださり感無量です😭✨
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日本語教師歴10年の私が、いまできることは

#いま私にできること で記事を書いてみようと思いました。

2020年の日本語教育業界は「激動」

新型コロナウイルスの感染拡大の話が2020年頭から今まで、増減があるものの収束がいつになるかまだまだわかっていないですよね。

日本語学校に限らず、地域日本語教室や、フリーランスの日本語教師の方々も、在留外国人(特に留学生)の数が激減し、収入が不安定になったのが一番大きいかと思います。

外国人受け

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スキありがとうございます!
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子ども達の3.11_凱士くん@石巻④「母のような人になる」

来春、東日本大震災から10年の節目を迎えます。
次世代に、未来を創造するバトンをつなぐ為に、未曽有の大震災を乗り越えた子ども達のストーリーをお届けします。今号は、前号に続き、宮城県石巻市で被災した凱士(Gaishi)くん(当時11歳、現21歳、#sok131)のストーリーです。【凱士①】 【凱士②】 【凱士③】

僕を変えた9人の仲間との出会い

僕は、Support Our Kids(SOK)の

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子ども達の3.11_凱士くん@石巻③「母との約束を果たす為、パリの“凱旋門”へ」

来春、東日本大震災から10年の節目を迎えます。
次世代に、未来を創造するバトンをつなぐ為に、未曽有の大震災を乗り越えた子ども達のストーリーをお届けします。今号は、前号に続き、宮城県石巻市で被災した凱士(Gaishi)くん(当時11歳、現21歳、#sok131)のストーリーです。【凱士①】 【凱士②】

ー 凱旋門の「凱」に、武士の「士」と書いて凱士くん。
この名前は、若い頃、フランスで凱旋門を見た

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部分的な3・11の備忘録

そうそう
ふと思い出した🕰

備忘録かな?
部分的だけど書いてみた

2011年3月11日
14時46分は

医療事務の仕事💻🖱

今日は暇だから
交代で30分ずつ休憩&うたた寝😪

それをしようってことになって
休憩を取り始めて5〜10分くらいかな?

うたた寝すべく
毛布かけて横になってたら

緊急地震速報が鳴って
長い揺れだった😲

免震構造をしてあるビルだったけど
千葉市中央区の

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ありがとうございます!

子ども達の3.11_凱士くん@石巻②「悲しいけど、楽しく生きよう」

来春、東日本大震災から10年の節目を迎えます。
次世代に、未来を創造するバトンをつなぐ為に、未曽有の大震災を乗り越えた子ども達のストーリーをお届けします。今号は、前号に続き、宮城県石巻市で被災した凱士(Gaishi)くん(当時11歳、現21歳、#sok131)のストーリーです。【凱士①】

震災から1か月後、母は見つかりました。

「来る日も来る日も、僕は、父と一緒に、近所の安置所を回り、母を探し

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【子ども達の3.11】 Vol.01 凱士(石巻) 「生きていてね」

来春、東日本大震災から10年の節目を迎えます。
次世代に、未来を創造するバトンをつなぐ為に、未曽有の大震災を乗り越えた子ども達のストーリーをお届けします。               ー3,278人の尊い命が犠牲となった宮城県石巻市で、凱士(Gaishi)くん(当時11歳)は被災しましたー

津波で自宅の1階が全滅。僕は、母を亡くしました。

「地震が起きた時、僕は小学校に居て、積み木の色付けをし

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東日本大震災~もうすぐ10年~②

大槌(おおつち)への出発、母との再会

3月12日
「地元に行くか?」
その一言に私は即決でした。
妻や子供もいるのに、余震が続いているのに即決してしまいました。
あの時はとにかく早く、実家の家族がどうなってるかを知りたくてそれしか考えれませんでした。
妻とはちゃんと話をして、無事に戻ってくる事を前提に許してもらいました。あの時の妻には感謝してます。強い余震が続く中、妻と2歳の息子を残して、地元に

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ありがとうございます😆
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東日本大震災~もうすぐ10年~

はじめに

東日本大震災の時、皆さんは何をしていましたか?私は必死に岩手県大槌町(おおつちちょう)に住んでいる家族の情報を求め、ネット、テレビ、友人etcを使い探し続けました。しかし、情報を得ることができないと知った私は友人と一緒に被災している岩手県大槌町に家族の状況を知る為に向かいました。これは私の当時の状況を書いた自叙伝になります。決してハッピーエンドではないですが、読んでもらえればと思います

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ありがとうございます😆
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負の感情が豊かさを生む

負の感情が豊かさを生む



3.11が私に気づかせたこと。



当時、学生だった私は、


親元を離れて寮暮らし。

何も考えず、ただひたすらに

毎日友達とおしゃべりし、

部活に行き、

たまに勉強もして、

普通の学生生活を送っていた。




そしてある日突然地震が来て、


都民の私は直接被災したわけじゃなくとも


大きなショックを覚え

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とっても嬉しいです。ありがとうございます。
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