向本

小説が好きです。無意味とわかっていても言葉で世界を把握して安心しようとします。小説は言…

向本

小説が好きです。無意味とわかっていても言葉で世界を把握して安心しようとします。小説は言葉による定義や説明ではなく物語や描写で描かなければとわかっているのにできないまま数十年。ずっと長いことできないままです。それでも書いてかつ発表しようとするふてぶてしさよ。

マガジン

  • 短編小説集

  • 小説「がらくたの家」 1章~14章

    小説「がらくたの家」をまとめたものです

  • 詩も書いたりします。ココア共和国に一時期応募していて、そこで選んで掲載していただいたものから、落選したものや、新しいものも掲載していけたら・・・なんとなく詩のほうが小説より直接的な気がして恥ずかしいのはなぜでしょう。詩も小説もフィクションなのですが不思議です。

  • 読書note

    本を読んで思ったこと、感じたこと、考えたこと、勝手な考察などを書いた記事を少しずつアップしてます。読んでよかった!と思う本のことだけ書いてます。

  • てのひら小説集

    本当に短くて、小説の種のようなお話たちです。どこかで必死に生きている誰かの人生の一瞬を切り取って書いたつもりの掌編小説集です。

最近の記事

がらくたの家 14 最終章(小説)

  長野の夏休みは短く、八月の最終週には学校が始まってしまう。近づいてくる夏の終わりを告げるように、庭からは鈴虫の鳴き声が聴こえ、蝉の声と入り混じる。   制服から着替えた凛は縁側に座って庭を眺めていた。刈谷は大志とアトリエに行き、シゲは庭で日の暮れかけた空をぼんやり眺めている。祐生は台所でいつものように立ち働き、さっきまで「今日からわたしは鞠に戻るから、マリモって呼ぶな」と泣き騒いでいたマリモは酔いつぶれてソファで眠り、早紀代は風呂に入っている。七海の部屋の開いた窓からギタ

    • がらくたの家 13 (小説)

        母が帰国して、そのまま当たり前のようにこの家に滞在して三日目、菊代ちゃんが死んだ。シゲが泣きながら電話してきて、七海は受話器を片手にぺたりと座り込んだ。朝、いつも早起きの菊代が起きないので怪訝に思ったシゲが見ると、眠ったように死んでいたそうだ。急性心不全だった。 「菊代ちゃんらしい、誰にも迷惑をかけないで死んでいくなんて」 祐生が鼻をすすりながら言った。   喪主を務めた七海の父親は、通夜のときから目を真っ赤にして立っているのもやっとという様子だった。今にも泣き崩れそうな

      • がらくたの家 12 (小説)

          約半年ぶりに会う美晴は少し痩せていた。痩せているというかやつれている。表情も、空港で見送ったときと比べて少し冴えない。 「あーやっぱり日本はいいなあ」 美晴は凛の顔を見るなりそう言って笑った。 「ご飯はおいしいし、街はきれいだし、人は親切だし、日本語は通じるし」 あんなにフランス語とフランスのすばらしさ、フランス人への憧れをとうとうと語っていた美晴の口から出た言葉に凛は戸惑う。 成田から大きな荷物を持ったまま美晴は凛に会いに来た。凛が吉祥寺にいると知って、長野行きの新幹

        • がらくたの家 11 (小説)

             きぃをぬぅいたら ちぃらぁりぃとぉ わぁいてぇくぅるぅ  げぇんじぃつぅのあぁしぃたはぁ   やぁぶぅのぉなぁかぁえぇ  ぼぉくぅらぁはぁ じぃゆぅおぉ  ぼぉくぅらぁはぁ せぇいしゅぅんおぉ 七海のギターは、かなりスローではあるけれどやっと歌いながら弾けるくらいになってきた。 「あー奥田民生の曲だったのか。お母さんが好きなやつ」 「え、今頃わかったの?」 「今のでわかれば十分すごいと思う」 凛はちょうど読み終わった本を片手ににやにやして言った。ちぇっと言って七海はギ

        がらくたの家 14 最終章(小説)

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        記事

          がらくたの家 10 (小説)

            次の日の夕方、祐生と一緒に吉祥寺の家を出た。 やっぱり一人の方がいいんじゃないか、七海の方がいいんじゃないかと色々聞いたけれど、祐生は頑なに、少し離れたところでお茶でも飲んでくれてたらいい、そこにいると思うだけで落ち着くからと言うのだった。 二人が吉祥寺の改札を入った時、マリモに出くわした。 「あー二人でどこ行くのー」 マリモの言葉に凛は困って祐生を見る。 「わたしも一緒に行っていい?」 祐生は目を細めて困った顔をする。それを見てマリモはすぐに察して 「やっぱいいや。祐生

          がらくたの家 10 (小説)

          がらくたの家 9 (小説)

          「僕は四人兄弟の末っ子で、女の子がほしくて四人目を産んだ母は、僕を女の子みたいに育てたんだ。髪を伸ばしたり、赤やピンクの服を着せたりしてね。乱暴な兄たちより母や女の子と遊ぶほうが好きだった僕は、いつの間にか、しゃべり方や動作まで女らしくなっていった。女になりたいわけでも男が好きなわけでもなくて、ただちょっと女みたいな言動をする男だったんだけど、やっぱりいじめられたし、僕自身が心を開かなくなったこともあって仲のいい友達も彼女もできないまま成長していった」 そんな僕が就職した会

          がらくたの家 9 (小説)

          がらくたの家 8 (小説)

          タイトルに惹かれて読み出した本が、フランス人女性が今の凛とたいして変わらない歳のときに書いた小説だと知って、美晴のことを思った。今頃美晴はフランスで楽しく過ごしているのだろう。毎日刺激的な時間を過ごして、ますます大人になって、凛のことなんてもう忘れているかもしれない。フランス人や他の外国の友達をたくさん作って、彼氏だっているかもしれない。半年前の美晴とはもう違うだろう。 そう思って久しぶりに孤独な気持ちになる。その気持ちに引き摺られるように自然とタイにいる両親を思う。父と母

          がらくたの家 8 (小説)

          がらくたの家 7 (小説)

          夕方、祐生に頼まれて駅の反対側にある八百屋さんまで生のわさびを買いに出た凛はすっかり道に迷っていた。 やっとのことでたどり着いた店で、凛は初めてチューブに入っていないわさびを見た。匂いを嗅げばそれは確かにわさびだった。初めてのおつかい無事完了と祐生にメールして、ほっとして家に向かってのんびり歩く。 サンロードを歩いている時だった。前から歩いてきた男がすれ違いざまにくるりと向きを変え、いきなり凛の肩を抱いて「行こう行こう飲みに行こう」と陽気に告げて家とは逆の方へずんずん歩き出し

          がらくたの家 7 (小説)

          がらくたの家 6 (小説)

          さあっと血の気が引いて手足の先が冷たくなるという経験を初めてした。血は全て上にのぼったのか、頭だけかっと熱くなって、氷のように冷たくなった指先が、ジントニックのグラスを持ったままふるふると震えた。 怒りか悲しみかもわからない何かの塊が、喉のところにつっかえているような苦しさでわたしは喘いだ。足の感覚も覚束ないまま男に近づいた。自分の思考がどこか遠い空の向こうにあるようだった。暗闇の中でブラックライトに光る男の白いシャツが虫をおびき寄せる灯のようだ。 ミラーボールに照らされ

          がらくたの家 6 (小説)

          がらくたの家 5 (小説)

          「おっつ」 と変な挨拶をしてマリモが訪ねてきた。歓迎会以来だ。下着のようなワンピースから痛々しいほど細い手足をだし、茶色い髪を胸元で大きくカールさせている。長い爪にはごてごてした飾りをつけ、整った顔立ちをかえって隠すような化粧で唇をぬらぬらとてからせ、細い身体をゆらゆらさせて立っている。 「元気にしてた?」 と聞く祐生に 「まあまあ、かな」 と微妙な返事をして口をへの字に曲げ 「祐生は大丈夫なの?」 と聞く。 「うん、ここに来てからずっと落ち着いてる」 応える祐生にふーんとつ

          がらくたの家 5 (小説)

          がらくたの家 4 (小説)

          「いや、刈谷さんはこんな天気のいい日にアトリエに籠もって、普段は仕事で忙しいだろうし、健康的に大丈夫なのかなって」 なんだかもごもご言う凛に、祐生は麦茶をゆっくり飲んで水筒のふたをしめながら頷いた。 「そうね、本当はもっと外に出たほうがいいかもね」 そう言って、タオルで顔の汗をぬぐってそのタオルを首に巻く。 「だけど、今の刈谷くんは絵を描く必要があるんだと思う。自分のためにも大志のためにも」 「…そっか」  凛はえいっと勢いよく立ち上がる。 「それならいいよね。二人がそれでい

          がらくたの家 4 (小説)

          がらくたの家 3 (小説)

          家に帰ると居間のソファに七海が横になっていた。 「おかえり」 二人を迎えた祐生はすぐにお昼にするからと慌しく台所に戻っていく。 七海は目を閉じておでこに濡らしたタオルを載せて寝転がったままだ。 手を洗い居間のテーブルについた凛は、氷がのったそうめんのガラス皿を持って入ってきた祐生に小声で尋ねた。 「七海さん、どうかしたんですか?」 祐生は「大丈夫、いつものことだから」と応える。 「仕事したから疲れてるだけ。大丈夫」と。 そういえば家に入ったとたん、昨日以上に甘い香りが漂ってき

          がらくたの家 3 (小説)

          がらくたの家 2 (小説)

          次の朝、暑さのせいか初めて飲んだワインのせいか、少しだるい身体を無理やり起こしてTシャツとショートパンツに着替えた凛が居間に降りていくと、夕べの気配は全く残っていなかった。テーブルはきれいに片付けられ、床にも塵一つ残っていない。 まだ朝だと言うのにその温度と湿度に辟易しながらぼんやりと突っ立っていると「おはよう!」と大きな声がして、エプロン姿の祐生が現れた。 「はい、麦茶」 水滴のついたコップに並々ついだ冷たい麦茶を手渡す。凛は自分がとても喉が渇いていたことに気づき一気に飲

          がらくたの家 2 (小説)

          がらくたの家 1 (小説)

          序 約束の場所に現れた七海は、母から聞いていたのとは随分と雰囲気の違う女性だった。吉祥寺駅の北口で心細いのを隠すように姿勢よく立っていた凛の強く握りしめていた携帯が鳴って、出るや否や「オレンジのキャリーバッグを持ってる?」と言いながらぐんぐん近づいてきた七海。 母は七海のことを、頭がよくて優秀で大企業で働く女性だと言った。お母さんと違って自立してる女なのよ、と。しかし現れたのは、マキシ丈のワンピースにサンダル姿、眉すら整えた様子のないノーメイク、胸元辺りまで伸びた茶色い髪

          がらくたの家 1 (小説)

          (短編小説)真白な世界

           ベッド脇の腰高窓のカーテンが開けっ放しで白い光が眩しくて目が覚めた。半分開けたまぶたの隙間から、埃みたいな白い雪片が次から次へと落ちてくるのが見える。際限なく落ちてくるそれらは天から私の上に降りてくるようだ。半分寝ぼけたままそのひらひらを眺めていたら、それは生きている何かに思えた。どこから生まれるのか、風に舞いながら重力に引かれて落ちてくる弱くて主体性の欠片もない生き物。ひらひらと舞い降りて私の上に降り注ぐ。目を瞑ったらその白い生き物が私に降り積もって覆いつくして、私の姿は

          (短編小説)真白な世界

          (短編小説)饒舌な沈黙たち

          真冬の深夜の弁当工場はその清潔さが寒々しい。俺はシュウマイをひたすら詰める。どんどん詰める。それはそのうちシュウマイに見えなくなり、ついには話しかけてくる。 「しけた顔してんな」 「向き逆ですけど」 「おい、寝るなよ」 「グリーンピースずれてない?」  その出会いは一瞬であっという間に別れがくるが、同じ顔のシュウマイが去り際に一言ずつ話しかけてくるから会話が続いてるように錯覚する。  それは俺の脳内で作り上げている会話だ、妄想だ、わかってる、大丈夫だ。黙っていると視界が歪

          (短編小説)饒舌な沈黙たち