がらくたの家 14 最終章(小説)
長野の夏休みは短く、八月の最終週には学校が始まってしまう。近づいてくる夏の終わりを告げるように、庭からは鈴虫の鳴き声が聴こえ、蝉の声と入り混じる。
制服から着替えた凛は縁側に座って庭を眺めていた。刈谷は大志とアトリエに行き、シゲは庭で日の暮れかけた空をぼんやり眺めている。祐生は台所でいつものように立ち働き、さっきまで「今日からわたしは鞠に戻るから、マリモって呼ぶな」と泣き騒いでいたマリモは酔いつぶれてソファで眠り、早紀代は風呂に入っている。七海の部屋の開いた窓からギターの音が聞こえる。
凛は縁側に座ったまま目を閉じ、この家が壊される様を思った。
天井に重機が食い込み、壁が引き剥がされ、磨きぬかれた床に穴があき、本棚が倒れ、アトリエも居間も台所もこの縁側も全て崩れ去り、土煙の中うずたかく積みあがり、がらくたとなる家。
「あの人は、あの家を壊して、何かやり直せる気になっているのかもしれない」
帰り道、七海が言った言葉を思い出す。
山積みになった瓦礫が全てトラックに詰め込まれ、きれいさっぱり持ち去られた後に残るぽっかりとした空間を思い、まっさらな土地を呆然と眺める七海の父親の、やはりぽっかりとした表情を思う。
その景色が、この喪失感が、今からこんなにはっきり見えていたとしても、それでもやっぱり壊すのだろうと、そう思って凛は太い柱をいとおしげに撫でた。
いつかこの夏のことを書きたい。唐突に強く思う。失われてゆくこの夏と、この家のことを書きたい。そして本にしたい。壁一面の大きな本棚を見ながら、そう思う。
今の凛にしたら、途方もない、まるで雲を掴むような話だ。でも、フランスで歯をくいしばっている美晴に負けないくらいの無謀な夢に向かって、ボロボロになるまで闘ってみたい。そしていつか、私の脛が傷だらけになる頃には、必ず書き上げてみせる。
深い悲しみとやり場のない喪失感の中で、じわじわと生まれてくる闘志に、凛はぶるっと震えた。
七海のギターの音がずっと聴こえている。いつの間にこんなに上手になったのだろう。心地よいその音色と協奏するように、気の早い鈴虫と最期の力を振り絞って鳴く蝉の声が響き渡る。寂しさと、力強さに満ち溢れた曲が空いっぱいに広がる。(了)
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