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なぜ分断されるのか 山内マリコ『あのこは貴族』

なぜ分断されるのか 山内マリコ『あのこは貴族』

 読み終わったあと、「私は」と語り始めたい気持ちでいっぱいになった。「私は」に続くことばは、私はこうだった、私はこう思う。きっと多くの人が、この小説を読み終えたときに自分の経験を言葉にしたいと思うのではないだろうか。

 榛原華子と時岡美紀という、全く違う環境で育った2人の物語だ。華子は、渋谷区松濤で、親が整形外科医をしている裕福な家で育った。結婚を望み婚活をしている。物語は榛原家が帝国ホテルで迎

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「私」から始める――2023年に読んだ本

 年々、エッセイやルポタージュへの関心が高まっている。取材したものも興味深いが、自身の経験を書いたものや生活史は強い力がある。そんな本を基準に、2023年に読んだ本から何冊か選んでみた。

1 比嘉健二『特攻服少女と1825日』(小学館、2023年)

 「レディース」を取り上げた雑誌『ティーンズロード』創刊から全盛期を、雑誌を作り上げた本人が振り返る回顧録。『ティーンズロード』のことはまったく知

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読書会『緑と楯 ロングロングデイズ』

読書会『緑と楯 ロングロングデイズ』

 読書会で歌集を読んだ。雪舟えまによる短歌集『緑と楯 ロングロングデイズ』。「みどたてシリーズ」と呼ばれる、兼古緑と荻原楯という2人を主人公にしたBLシリーズの1作だ。小説もあるみたいだが、本作はもちろん全編が短歌。ほかの「みどたて」作品は読んだことがなかったものの、何も知らずに読んでみるのも面白いかと思い、この歌集だけを読んで参加した(ちなみに、この歌集はnoteのサポートで頂いたお金で買えた。

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坂本菜の花『菜の花の沖縄日記』

坂本菜の花『菜の花の沖縄日記』

 石川から、沖縄にある学校「珊瑚舎スコーレ」に進学した坂本菜の花さんの日記。先日早稲田奉仕園で「松井やよりと沖縄」という講演を聴いたことがきっかけで、沖縄について書かれた本を探していて見つけた。元は北陸中日新聞の連載らしい。高校生の日記かー、と読んでいたら、連載自体は2016~17年なので、ほぼ同い年の人だったのだ。年齢と育った環境など似ている部分がある気がして、少し親近感を抱いて読んでいた。

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「のほほん顔」に惹かれて――太宰治『走れメロス』

「のほほん顔」に惹かれて――太宰治『走れメロス』

 太宰治って人に好かれたんだなあと思った。太宰治好きですか?今でも何かと大人気だと思う。『文豪ストレイドッグス』の魅力的なキャラ始め、「太宰」「太宰」とみんな話している。

 今回読んだ新潮文庫の『走れメロス』にはメロスほか8編の短編が収録されていた。なかでも彼の人気ぶりを示すのは「帰去来」だ。「人の世話にばかりなって来ました」という一文から始まる。私生活の諸々や度重なる留年で兄とかなり仲が悪くな

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帰りたい、帰らせろ――『とにかくうちに帰ります』

帰りたい、帰らせろ――『とにかくうちに帰ります』

 この間、映画『アシスタント』のレビューを書いた。そのあとすぐに読み始めたのが津村記久子の短編集『とにかくうちに帰ります』。『アシスタント』のパンフレットには津村記久子が寄稿していて、やっぱり!と思った。それでなんとなく本書を手に取ったのだった。この短編集はまさに『アシスタント』で描かれていたような仕事の話で、なんというタイミングだと思った。

 本書には「職場の作法」「バリローチェのフアン・カル

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私だけの幸福――『孤独な夜のココア』

私だけの幸福――『孤独な夜のココア』

 さらさらと入ってくる言葉、シンプルなストーリー。でもほろ苦さに打ちのめされる。田辺聖子『孤独な夜のココア』を毎晩寝る前に読んでいた。本作は幾組もの男女、あるいは女同士を描いた短編集だ。好きな人に入れあげる同僚を醒めた目で見ていた主人公のある夜を描く「雨の降ってた残業の夜」、お金にがめつい、苦手だった同僚を回想する「ちさという女」、同じ脚本のクラスに通っていた男との関係を振り返る「石のアイツ」。一

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仕事ができるようになるまでは時間がかかる 三浦しをん『神去なあなあ日常』

仕事ができるようになるまでは時間がかかる 三浦しをん『神去なあなあ日常』

 仕事を始めて数か月。遅いし注意はどっさりもらうし、全然スムーズにはいかない。焦っても進まず、疲れて寝てばかり。6月は短文を読む気力しかなくSNSをずっと見ていた。これはあまりよくないと、リハビリに短い小説を読んでみることにした。三浦しをんの『神去なあなあ日常』。高校卒業後の進路をまったく決めていなかった平野勇気は、担任の先生が見つけて来た仕事に就く羽目に。その仕事とは、山奥の村での林業だった。勇

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自分への信頼 水木しげる『ほんまにオレはアホやろか』

自分への信頼 水木しげる『ほんまにオレはアホやろか』

 学校に行きたくない、課題が嫌、テストが嫌。夏休みが今日で終わりだと思うと暴れたい。
 仕事に行きたくない。こんなにいい天気なのに、海に行く電車に乗っていない*。
 ずっとこんなことばかりを考えている。じゃあなんで、学校に行くのをやめて映画館にこもらないのか。海に行く電車に乗り換えないのか。「責任が」「将来が」なんていうのは言い訳で、電車を降りる勇気がないだけだ。本当は誰も人に強制なんてできないし

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タイトルのとおり 津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』

タイトルのとおり 津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』

  2021年に『君は永遠にそいつらより若い』の映画の感想を書いた。今読み返すと拙くてつくづく恥ずかしいが、この映画にとても感動したのだ。このときは大学院1年生で、大学卒業間近の女性が主人公の本作に自分を重ねてもいた。それから2年経ち、大学院も修了して「大学」があっという間に過去の記憶になっている。そんな折、新宿の紀伊國屋で「津村記久子フェア」が行われているのを知った。『この世にたやすい仕事はない

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『インスタグラム 野望の果ての真実』

『インスタグラム 野望の果ての真実』

(これは昨年8月にブログに載せたものです。ブログの整理にあたり、こちらに移しました)

 なぜこんなにも「スタートアップ」「ベンチャー」が盛り上がるのか、分かった気がした。
 就活をしていた時、「大企業とベンチャーどちらを選ぶ?」「大企業に就職してからスタートアップに転職するのが理想」といった問いかけ、煽るような記事をたくさん見かけた。なぜそれほど極端に捉え、一生の選択であるかのように考えなければ

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迷い、行き詰っているときに読む本―星野博美『島へ免許を取りに行く』

迷い、行き詰っているときに読む本―星野博美『島へ免許を取りに行く』

 この状況を打開したい、そのための「目標」-自動車の運転免許を取ること。著者の星野博美さんは長崎県五島列島、福江島にある「ごとう自動車学校」の合宿に行くことにするのだ。それが『島へ免許を取りに行く』(集英社)の内容だ。馬も犬もいる、目の前は海の自動車学校。そこで1か月近く奮闘した記録と、免許を取ってからの日々を書いている。
 合宿または通いでの運転免許取得そのものは、多くの人が経験すると思う。でも

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アニー・エルノー『嫉妬/事件』

アニー・エルノー『嫉妬/事件』

映画『あのこと』が話題になっている、アニー・エルノーの『嫉妬/事件』。「嫉妬」と「事件」(『あのこと』原作)の二編が収録されている。

嫉妬(堀茂樹・訳)

 原題の「L'Occupation」が指すとおり、語り手の脳内を支配する、別れた恋人の今の恋人のイメージが延々とつづられる。「L' Occupation」(日本語だと「占拠」か)ということばがぴったりなのだ。語り手は恋人よりその相手の女性のこ

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家族、このどうしようもなさ『ホテル・ニューハンプシャー』

家族、このどうしようもなさ『ホテル・ニューハンプシャー』

 図書館で見つけたときなぜか無性に気になり、新潮文庫の『ホテル・ニューハンプシャー』を手に取った。なぜか今読む必要がある気がした。

 「父さん」が熊を買った夏から始まる、僕、父さん、母さん、兄のフランク、姉のフラニー、妹のリリー、弟のエッグ、おじいちゃんのアイオワ・ボブの話。父さんと母さんが会った夏、2人はフロイト(あのフロイトではない)と熊のステイト・オ・メインとも出会う。父さんはフロイトから

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