自分への信頼 水木しげる『ほんまにオレはアホやろか』
学校に行きたくない、課題が嫌、テストが嫌。夏休みが今日で終わりだと思うと暴れたい。
仕事に行きたくない。こんなにいい天気なのに、海に行く電車に乗っていない*。
ずっとこんなことばかりを考えている。じゃあなんで、学校に行くのをやめて映画館にこもらないのか。海に行く電車に乗り換えないのか。「責任が」「将来が」なんていうのは言い訳で、電車を降りる勇気がないだけだ。本当は誰も人に強制なんてできないし大抵はしていない。
そんな、レールを踏み外さないようにしている人間からすると、水木しげるの生き方は「え、そんなのあり?」と目を白黒させてしまう。1922年生まれの水木しげる。戦中、戦後を経てマンガ家「水木しげる」になるまでが、エッセイ『ほんまにオレはアホやろか』に書かれている。学校には昼過ぎに登校、戦時中でほぼ全員が受かりそうな入試で一人だけ落第、戦争があり、戦後に紙芝居の絵描きを始めても報酬がもらえない(お金がほんとうになかったのだろうが、出版社の踏み倒しぶりもなかなかだ)。それなのに、仕事がなくなったと思ったら次の仕事や手助けが現れるなど、運がいいのか悪いのかわからない。しかも悲壮感が全くなくどこかとぼけている、ように見える。圧倒的な自分の存在への肯定感と生への信頼。これはマンガ家として「成功」してからではなく、幼い頃からずっと変わらないようなのだ(水木しげるは「成功」を「成功」と捉えていたのだろうか)。時代もあるとはいえ、こんな人がいたんだとおかしかった。
ただ「存在している」ことの何が悪いというのだ?
『ほんまにオレはアホやろか』
水木しげる 講談社文庫 2016
*穂村弘がエッセイに、海に行かずに会社に向かう電車に乗っているときの心境を書いていた。その後、「会社にいたら「海に行けない」」というインタビュー記事(『CINRA』)もでた。
*「仕事が嫌なのかな」と心配されるかもしれないが、そうではなく、なんかいろいろやることがあって決まった時間に行かなければならない、というのは基本的に人間にとって大変なものである。
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