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仕事ができるようになるまでは時間がかかる 三浦しをん『神去なあなあ日常』

 仕事を始めて数か月。遅いし注意はどっさりもらうし、全然スムーズにはいかない。焦っても進まず、疲れて寝てばかり。6月は短文を読む気力しかなくSNSをずっと見ていた。これはあまりよくないと、リハビリに短い小説を読んでみることにした。三浦しをんの『神去なあなあ日常』。高校卒業後の進路をまったく決めていなかった平野勇気は、担任の先生が見つけて来た仕事に就く羽目に。その仕事とは、山奥の村での林業だった。勇気は「神去村」(かむさりむら)で林業に励むことになる。

バランスのよさ


 さすが三浦しをん先生!と思うのが、「田舎」「地方」を描くバランスのよさだ。田舎育ちとしては、「地方」は自然が豊かで人が優しくて…..とのんびりしたユートピアを浮かべられると困惑する。確かにゆったりしているけれど、人が少ない分人間関係が濃密で干渉も多い。いわゆる「ムラ社会」の嫌な部分が色濃くでやすい(ただ、この「ムラ社会」っぷりは都会でも感じる)。「神去村」も「なあなあ」の精神で気長に過ごすよいところではあるけれど、村の仲間意識やそれと表裏一体の「よそ者」への排他性はある。両面を描きつつ、なぜその「排他意識」が生まれるかにも踏み込んでいる、恐ろしい想像力の小説なのだ!「地方」対「都会」、どちらが優れているという話にはならない。三浦しをん氏は東京育ちだそうだけれど、調査・取材と想像力に裏打ちされた「村」像で引き込まれる。しかも、話も面白くどんどん読んでしまうのだ。勇気の先輩ヨキの威勢の良さ、その母・繁ばあちゃんの茶目っ気、飼い犬ノコのかわいらしさに夢中になる。

時間がかかる


 神去村で林業に携わる人たちは「職人」のようだ。熟練した技をもつのにも、木が成長するのにも時間がかかる。勇気だって、上達しない自分に気落ちしながら仕事に励む。

長い長い年月をかけて木を育てる林業は、どんな風雪が襲ってきても悠然とかまえていられる性格じゃないと、とても勤まらないのである。(『神去なあなあ日常』p.331)

そうか、仕事もすぐに上達するわけではないんだ。成長成長というけれど、成長にかかる時間を安く見積もってはいけない。私の仕事は林業ではないけれど、やや職人気質なところがあるので、気長にやっていこうと思った。三浦しをんの小説は、就活のときといい、読んでいていつもハッとする。

『神去なあなあ日常』
三浦しをん 徳間文庫 

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