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奇縁s

鹿児島県人の冴原雅…薫の想定外の角度から飛び込んできたその情報のせいで、軽やかに歩を進める冴原雅に少し遅れ、一見普通に見えるその足運びは、じっくり見るとどこか歪で、ぎこちない足取りとなりながらも、目的地であるファストフード店を探しながら、向かっていた。
少し歩くと、乗用車が多く走る県道を挟み、薫と冴原雅から見て、反対側に位置する歩道にいくつかの飲食店が見られる。海賊船を模したファミリーレストランや、有名な外国の老人の顔が絵が書かれた白い看板、赤い丼に白い文字が印字された牛丼屋など、どれもお手ごろ価格で入りやすい飲食店だ。
その中でも一際二人の目を惹いたのが、赤い背景に黄色い〝 M〟の文字を描いた看板。言わずもがな、世界に名を馳せるハンバーガーショップ、ファストフード業界の帝王。マクd…である。
薫は学生時代、中国から留学していた中国人留学生の友人の話を思い出した。中国人離れした流暢な日本語で「本場の中華は全然美味しくないよ!匂い酷いし!」「その点マ〇ドは中国も日本も同じ!何より、安い!早い!美味い!最高やで!」
日本人よりも正しく上手な日本語を話していた彼は、今どこで何をしているのだろう。日本で就職するとは話していたが…
余計な事を考えてしまい、少し顔の筋肉が緩んだ薫を横で見ていた冴原雅は、そんな薫をどこか微笑ましそうに眺めている。
薫の「あそこにしましょう!安い!早い!美味い!の三拍子が揃ってます!それに何より中国人が中華料理より美味しいって言ってました!」勢いで言ったせいか、少し無理なウケを狙ったせいもあって、先程まで微笑ましそうに薫の事を見ていた冴原雅は、少し眉間に皺を寄せ、戸惑いながらも、「そうですね。そうしましょか」と、了承してくれた。
分離帯のせいもあって、少し離れた横断歩道へ歩きながら、誤解を産んではこの後気まづくなると思い、薫は先程の中国人の話を冴原雅にして、2人して讃岐の土地で中国人の語るマ〇ドの話で大笑いした。
赤から青に変わるまで、横断歩道の端で信号が変わるまで15秒ほど待ち、目的地のある向かい側の歩道へ渡った。
間もなくして赤い背景に黄色いMが書かれたファストフード店に着き、自動ドアから店内へ入った。
店内はまだお昼時には早い時間のため、お客さんの数も随分と少なく、どこでも席は空いていたため、とりあえずコンセントが壁に着いている県道沿いの席に着を確保した。
冴原雅がご馳走してくれるとなると、薫としてはここで何を買うかが重要なポイントとなる。
まず高いものは買えない、かと言って安すぎるものを買うと、それはそれで気を使っていることを悟られる。ここは慎重に、そう思っていると横で「じゃあ、このチーズダブルバーガーセットで!飲み物は…コーラで!」冴原雅が先に注文してくれたおかげで、薫も注文しやすくなり、「それじゃあ、てりやきセットで、飲み物はオレンジでお願いします。」
ポテトを揚げているため、あと5分ほどお待ちくださいと言われ、5番と書いた札と6番と書いた札を渡され、ほとんどお客さんの以内店内で確保していた県道沿いの席に座った。
県道からは栗林公園の木々が見える。しかし木々が壁の役割をしており、かの有名な日本庭園は外からは見えず、薫の栗林公園へ行きたいという欲望をさらに刺激した。
少し絡まったスマホの充電器をレザーバックパックから取り出して、コンセントへ挿して充電口を冴原雅に渡した。
冴原雅は早速スマホを充電し、まるで何日も砂漠を歩き続け、枯れ果てていた動物が水を得た時のような表情をし、「生き返った〜」と笑顔で小さく吐露した。
そうこうしていると二人の席に注文していたセットが届き、店員さんが香川県のイントネーションで「お待たせしました〜」と笑顔で持ってきてくれた。
「それじゃあ、頂きますね」
「どうぞどうぞ!頂きましょう!」
二人の短い掛け合いの後、薫はポテトに手を伸ばし、冴原雅はドリンクに手を伸ばした。
さすが揚げたてと言うだけあって、サクサクして温かさも充分。と言うよりも、温かさはほんの少しだけ残る油のせいもあって、舌の先が少し火傷した。
冴原雅がスマホの充電残量を確認しながら、「そう言えば根本さんはなんで香川県に?」
そうか、確かにお互い充電に関する話がほとんどで、方言も似ていてなにも思わなかったが、2人とも縁もゆかりもほとんど無いような場所に来ているではないか。
「僕は特に大した理由は無いんですが、思い立って香川に来てしまったというか、なんと言うか…一応友人はいるんですが、連絡は入れてなくって…」事実、薫の今回の旅路は思い立ったが吉日、と言うより他にない勢いで香川に来たこともあり、明確なプランが存在しない。
すると冴原雅が「僕も根本さんと同じような所で…色々思うところがあって香川県に来たんです。」「なんせ今の僕はどん底に居てると言うか、なんと言うか…何も無いんですよね」
冴原雅はそれまでの明るさとは一変、心の奥深くに鍵をかけていた箱を開けるように、あまり言いたくないが、かと言って言わないのも良くないような、そんな面持ちで口を開いた。
雰囲気がそれまでとガラッと変わり、お葬式とまではいかないが、体の不調がずっと消えず、かと言って病院に行くほどではなく、倦怠感が消えないような、どんよりとした、後味の悪い気持ちが二人の席を渦巻いている。
〝ズズズズゥーーーーッ!ズズッ!ゴロコロ…〟
勢いよく音を立ててオレンジジュースを飲み干し、真顔で飲みきった薫を見て冴原雅は吹き出して笑った。
余程面白かったのか、目に涙を浮かべるほど、数十秒笑い続けた。
「いやぁ、すみませんちょっと重そうな話して。でも今のめっちゃ面白くて、真顔でそんな音出しながらジュース飲まれると、て言うかそんな面白いことしはる人やったんですね!」
冴原雅はケラケラと笑いながら、デニムのバックポケットからハンカチを取り出し、笑ってでたのか、苦しさで出たのかわからない、涙と取れないような涙を少し拭い、先程までの笑顔を取り戻した。
冴原雅もコーラを勢いよく飲み干し、「やっぱり根本さんは僕より歳上なだけあって色々分かってくれるんですねぇ…ほんまに…」そう言って今度はどこか懐かしむような面持ちで目線を逸らし、しっかりとした表情をして薫に目を移した。
「実はね、僕大阪で会社やってるんです。鹿児島の高校出て直ぐ大阪に上がってきてね。」「両親も僕の小さい時に死んでて、親族も知ってる人おらん、いわゆる天涯孤独ってやつですわ。そんなんやから、初めは生きるための資金を集める所から、飲食店で働きながら、同時に色んなコネクション築いてね。資金調達の為にそのコネクション使ってお金貸してもらったりして。」「そこでやっぱり大阪で生きていくためには大阪弁、郷に入っては郷に従えってやつですわ。必死で勉強しました。教材は色々あったけど、やっぱり飲み屋で色んな人と喋ったりしたのが1番大きかったかなぁ。いっぱい怒られて、嫌われることもあって、大変でしたわ。今では笑い話にできてますけどね。」
そうか、冴原雅はそうやってこの短期間で関西弁をここまで完璧に仕上げてきたのか。しかし、すごい。ここまで綺麗なイントネーションとなると、本当に血の滲む様な努力をしてきたのだと思う。
「資金が集まって、ライターの会社を建てたんですね。仕事は順調に進んで、何人か従業員も雇って、築いてきたコネクションもあったんで、資金も返しつつ仕事も貰いながらね。」
「でもね、実は1ヶ月前朝会社に行ったら始業時間になっても従業員は誰も来やんくて。僕以外に4人の従業員と仕事してたんですけど、誰もね…」
「連絡も取れんくなって、ほんならその日の請求の支払いのために銀行行ったら会社の通帳の中が空っぽで。まずいと思って会社の金庫開けてもハンコひとつ入ってない、もぬけの殻になってましてね」
「警察にすぐ相談しに行ったら、内で雇ってた従業員全員同じチームの詐欺師で、有り金全部取られててね。」
「後から知った話、僕の築いたコネクションの1人がその従業員の親分で、肥やしてから食うたろと思ってたらしく、1人はそいつの元々の子分で、まぁ、そこから僕も上手いこと言いくるめられて、僕も田舎出身でちょっと負い目感じてたところもあって、信用してたから。そんなことになって…」
「アホな話ですよね。ほんなら次は支払い遅延に巻き込まれて、請求の嵐ですわ。家族でも居てたらまだ良かったんかもしれませんけど、僕は天涯孤独の身。帰るとこもなない。おまけに築いてきたコネクションはその一件で一気に信用無くして、誰も声すら掛けてくれやん。話も聞いてくれやん。」
「それで実は飛び降りようと思ったんです。」
大きな憤りと同情、そしてその事実を語る表情を目の当たりにし、薫の目には涙が溜まっていた。そして自殺…。死を覚悟するもはこういう事なのか。目の前にいる、薫よりも年下の男性に対してなんと声をかけたらいいのか、わからない。
「でもね、飛び降りようと思って色々考えて、フラフラしてたら知らん間に堺市から兵庫まで歩いてて。」
「気づいたら足もフラフラ、食べもんなんかもう暫く体に入らんほど衰弱してて、高い所探してここで死のうと思ったんです。」
「ほんで階段上がってたらたまたまです。たまたまそのビルに営業しに来てたおっちゃんに声かけられて、僕の表情見て思ったんでしょうね。今から飛び降りるって。それでそのおっちゃんが必死で僕のこと説得して、止めてくれて、泣きながら僕を抱きしめてくれたんです。ほんならなんか僕も涙が溢れてきて、ようわからんままそのまま意識なくして、階段の踊り場で寝てしもて。」
「気づいたらそん時のおっちゃんの背広がお腹にかけられてて、それとお金と。」
「お札とお札の間に分かりやすく挟まれてたレシートがたって、そのの裏に〝大丈夫。〟って書かれてて。それで、僕の人生の意義を見つけて、生きる決心をしたんです。」
冴原雅はその後そのお金10万円と、レシート、背広を握りしめ、堺市の家に戻ったと言う。家の前には債権待ちの業者がおり、とりあえず今月の支払い金を自身の少ない貯蓄から支払い、1日かけて家の家財を売り払い、残りの残金と必要な物だけをまとめ、高速バスを使って香川県に夜逃げしてきたのだと言う。
いつの日か、冴原雅を助けたその人ともう一度会うために、お礼を言うために、冴原雅は強く生きようと誓った。
「あれ、根本さんなんか泣いてません?」おどけながら、白々しく言う冴原雅にほんの少しイラッとして、「そりゃー泣くでしょ。そんな話されたら…」「苦労されたんですね…。僕とは大違いだ。雅くんの話が聞けて良かった。」
ほんの少し間が開き、雅の目が大きく開き「あ、今僕のこと雅って言った!雅って!下の名前で言った!」
雅がまた薫のことを少しいじりなが喜び、先程までの暗く儚げな表情とは一変、目に皺を寄せ、笑顔で笑った。
「ほんなら僕も遠慮なく薫さんって呼びますね!ほんまやったら薫さんは僕に敬語なんか使わんでもいいのに。」「あーでもほんまに薫さんに会えて良かった。この話、今まで誰にもせんと今日までおったから…なんかなぁ…ちゃうんやけどなぁ、違うけ、こらぁ…大丈夫け。薫さんは心配せんでもよかよ…」
ずっと堪え続けて来た大粒の涙をハンカチで押さえ込み、何年も使わず、その身から切り離してきた鹿児島弁が雅の口からこぼれ落ち、薫の心に深く、深く浸透した。
涙を拭いきった雅は冷めきったチーズダブルバーガーを大きな口で頬張り、勢いよく食べた。
薫も負けじとてりやきバーガーを頬張り、ハンバーガーを包む紙の底に溜まったテリヤキソースを残っているポテトに付けて食べた。
色々なことを話、お互いのことを理解し、下の名前で呼び合う仲になった薫と雅は、その後30分ほど話を続け、雅のスマホの充電が溜まったことを確認し、席を片付けた。
二人でトレーからゴミを捨て、トレー回収箱にトレーを綺麗に並べた。
「ありがとうございましたー」という声を聞き、来た時に居た店員さんと今いる店員さんが違うことに気づき、時計を見ると短い針が12時を示していた。
「僕はこの後とりあえず時間をかけて、ゆっくりになると思いますがお遍路を回れたらなと思ってます。順番とか、そんなん分からんから適当になると思いますけどね」笑いながら雅は薫に別れを告げる。
「それじゃあ…」と去ろうとする雅に声をかけ、「雅くん!まだ、まだ連絡先交換してない!」
強い目で、雅に何かあった時、何も出来ないかもしれない。それでも、何かを成す術の一つにでもなれば、それでいい。そうなりたいと強く思い、薫は雅と連絡先を交換した。
「薫さんに何かあった時迷惑かけたなかったんですけど、わかりました。なんかあったら連絡しますね。」
「僕は薫さんのこと、心のおける大阪の本間の友達やと、初めての友達やと思ってます。」
「こちらこそ。雅くんと会えて良かった。友達になれて良かった。また大阪に戻ったら、今度は僕の奢りで飲みに行こう!天下茶屋に穴場の良い店がいっぱいあるんだ!」
「いいですねぇ!ほんまに行きましょうね!大阪の人は行こう行こう詐欺が多いですからねぇ。鹿児島の血、薫さんには負けませんよ!」
パッと見はどこか軽そうで、話してみても適当そうな感じのする雅は、自身の重い生い立ちと、切り離せぬ雁字搦めになった枷を引きずり、それでも今日を生きると誓った。
半ば夜逃げのように大阪の地を経ち、裏切りから生まれた多大な追っ手から逃げ、髪に縋りながら、その御旗に見えぬ火を灯し、四国の地で雅は再起する。

白く綺麗なTシャツを纏えば、その過去は目を凝らせど簡単に見えるものでは無い。されどその背中に刻まれた大きな、逞しく、傷だらけの雅の背中を見送り、薫は空を見上げる。
あの日の君は、今も元気か。僕は今、君の生きた姿を思い出す。
そこには、色々なものが重なり合い、染め上げ、胸の痛みを積み上げ、やっとここまで来た自分と照らしながら、少しはにかみ、それでも前だけを向いて歩く姿を、君は見ていてくれてくれるのだろうか。
雄大な空は、全てをつつみ、全てを知り、全てを許す。
涙の跡は残らずとも、その軌跡を辿ると見えてくるものは多く、その人生を知るには、余りにも短い時間しか、神は与えてくれない。
されど人はみな、自身の歩み、すなわち、その軌跡こそが人生であり、生き方であり、信条だと理解するにあたり、一生という儚く短い時間は、意外と見合ったものではないのだろうか。

雅をお遍路へと見送り、ずっと薫の近くにあった、栗林公園の入口を少し離れた横断歩道から眺める。
信号が赤から青に変わったことを確認し、薫は歩の行先を栗林公園へと定め、進んだ。

薫の旅路はまだまだ続く。
それはもう、まるで人生のように。
ゆっくり、ゆっくりと亀の歩を見つめるように。

※誤字脱字、また話の辻褄が合わない場合がありますので、その辺はお許し願いたいと思います。
また気分が乗りましたら、更新させていただきます。

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