マガジンのカバー画像

ゲンバノミライ(仮)

78
被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
運営しているクリエイター

#現場監督

第76話-2 語り合いたい野崎さん(AI編-3・下)

第76話-2 語り合いたい野崎さん(AI編-3・下)

マサは、配属先であるデジタルトリプルで与えられた役割を淡々とこなしていった。
安全面で問題がある設備や作業員らの行動を抜き出してアラートを出し、そのバリエーションを高度化かつ精緻化していく。
人間が建設現場の安全性を高めて維持してきた過程と、基本的には同じだ。

それが途中から明らかに変わっていった。どこで変わったのかは分からない。だが、確実に変わっていった。

「なぜなのですか?」
「理由をもう

もっとみる
第76話-1 語り合いたい野崎さん(AI編-3・上)

第76話-1 語り合いたい野崎さん(AI編-3・上)

野崎正年は、半世紀以上も前に新卒でゼネコンに就職した。現場一筋の人生と言っていいと思う。
40代半ばに管理職として支店に上がり、50代に経営陣となり現場から離れた時期はあったが、海外の金融機関の破綻に端を発した世界的な不況で売り上げが落ち込んで、責任の押し付け合いからリストラを始めた時に、即座に手を上げてゼネコンを去った。

「経営陣がいの一番にリストラの波に飲み込まれてどうするんだ」「野崎に責任

もっとみる
第65話 わびおの小田君

第65話 わびおの小田君

「大丈夫ですか!! どこにいるんですか!!」

あの災害で甚大な被害を受けた海辺の街の復興プロジェクトで、下請け建設会社の土木技術者として働く小田文男は、現場に出て陣頭指揮を執っていた。そこに、専務である久保拓也から電話が入った。

「事故った。すまない。
田辺さん…、CJVの田辺さんに申し訳ございませんと、それだけ伝えてほしい。頼む…」

か細い声で言われたところで、ガタッと音がした。

携帯電

もっとみる
第64話 ジエンドの久保専務

第64話 ジエンドの久保専務

ああ、俺の人生終わった…。

ゆっくりと目を開く。顔の前面にはエアバッグが広がっている。フロントガラスが派手に割れている。
頭が痛い。顔の右側で血が滴り落ちている。どこが切れているのかは分からない。

「大丈夫ですか!」

ドアの外から人の声が聞こえる。
シートベルトを外して、ドアを開けて、外に出て…。
やるべき事はうっすら思い至るのだが、体が動かない。

ああ…、痛い。苦しい…。

力が抜けてい

もっとみる
第63話 待ちの田辺さん

第63話 待ちの田辺さん

「申し訳ございません!!

うちの専務が交通事故を起こしました。救急車で病院に搬送されています。

容態は分かりませんが、自分から電話を掛けてきたので、命に別状はないと思いますが…。
田辺さんにだけは連絡してくれと、お詫びを伝えてくれと、そう申しておりましたので電話しました」

この街の復興事業を一体的に手掛けているコーポレーティッド・ジョイントベンチャー、いわゆる「CJV」の事務所に、下請け企業

もっとみる
第62話 苛々の宮崎君

第62話 苛々の宮崎君

「何でそんなこともできてないんですか!

もう、勘弁してくださいよ!」

来月に予定している作業に使う仮設材の発注がまだだった。仮設材のリース会社には大まかな数量と搬入時期の目安を伝えてはいるが、工程がおおむね固まってきたタイミングで具体的な日時を指定しておかなければ、リース会社の準備も進まない。この現場だけではなく、周りにも最盛期を迎えている工事が多い。さまざまな資機材を取り合っている状況があり

もっとみる
第61話 答えられない栗田さん

第61話 答えられない栗田さん

「何でもかんでも早さを追求するって、時代遅れのような気がするんです。
そもそも、なんで早くしなければいけないんですか?」

ゼネコン社員として、この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)に加わっている栗田直敏は、想定外の質問に言葉を窮した。目の前にいるのは、今年入ったばかりの新人の藤岡悠真だ。

「え!? 何でって、早い方が良いに決まっているじゃないか。
同じ建

もっとみる
第60話 突破の真奈美さん

第60話 突破の真奈美さん

なんとか時間に間に合った。
トンネル掘削を手掛ける建設会社で技術者として働く宮田真奈美は、現場近くに設置されたプレハブの管制室から掘削作業を指揮しながら、内心、かなり焦っていた。
よりによって今日みたいな日に、やっかいな地山に当たるなんて。
トンネル掘削は、本当に侮れない。

宮田が、あの災害で大きなダメージを受けた海辺の街に来て、ちょうど半年になる。復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイ

もっとみる
第59話 しっかりしろ達也先輩

第59話 しっかりしろ達也先輩

はあ…。ため息が出た。
楽しそうに食事をする若いカップルが目に付く。

今年はクリスマスが週末に重なる黄金パターン。感染症の不安はまだつきまとっているが、感染者数は何とか低水準にとどまっていることもあって、街には人手が戻っている。
自分だって、いちゃいちゃしたい。だが、電気設備会社の技術者として働く奥山達也はいつものように仕事だった。

クリスマスイブだった昨夜も現場は通常通り。残業して帰ったら1

もっとみる
ゲンバノミライ(仮) 第57話 丸の智さん

ゲンバノミライ(仮) 第57話 丸の智さん

自分にとって大事な仕事になる。そう思って乗り込んだ現場に、よりによってあの人がいるなんて。運が悪いというか、何というか。いや、むしろ、天が与えてくれたチャンスと思うべきなのか。
大事なのは平常心だ。磨き上げてきた自分の腕を信じて、いつも通り、一つ一つの作業を精緻に進めていけば良い。

真っ暗で高いと同時に深い縦穴。転落すれば命を失う危険な場所だ。巨大な生物が息を吸い上げるように風が下から上へと通り

もっとみる
ゲンバノミライ(仮) 第53話 笑顔の黒田さん

ゲンバノミライ(仮) 第53話 笑顔の黒田さん

くっくっくっ。笑いを押し殺す苦しそうな息づかいが車内にまん延する。
黒田沙織は、仕事を終えて会社の寮まで帰るまでのこの時間が1日で一番好きだ。

車から下りると、先輩の梨本洋子が距離を取ってから「あ~あ。もう笑いが止まらなくておかしくなりそうだったわよ。ここまで来ると、テレビ番組の罰ゲームだよ」と声を吐き出した。ほかの面々も「さおりんの話は中毒性があるよな。お笑い芸人になった方がいいよ」「俺も死に

もっとみる
ゲンバノミライ(仮)第52話  懇願する本村さん

ゲンバノミライ(仮)第52話  懇願する本村さん

「なぜ、あんなことをやろうと思ったんですか?」
「やるせなくなって、やりきれなくなって。だって嘘じゃないですか。復興だなんて。よくそんなことが言えますよね」
「この街を復興させようと多くの方々が努力しているのは事実ですよ」

「復興って、何ですか? ビルができることですか?」

「違います。普通の暮らしに戻ることです。それは、前とまったく同じではないかもしれません。残念ですが、同じ形を再現すること

もっとみる
ゲンバノミライ(仮)第51話 会えない由美さん

ゲンバノミライ(仮)第51話 会えない由美さん

「うん、分かった。こんな状況じゃ仕方ないわね。せっかくだから、体をしっかり休めてね」
西野由美は、夫の忠夫からの電話を切るとため息をついた。

忠夫は、あの災害からで大きな被害が出た沿岸部で、復興街づくりの工事現場で所長を務めている。ゼネコンで同期入社だった。飲み会を開いたり遊びに出掛けたりしているうちに意気投合し、ほどなくして交際が始まった。

ともに本社の配属でスタートしたが、近くにいたのは2

もっとみる
ゲンバノミライ(仮) 第3話 休日の西野所長

ゲンバノミライ(仮) 第3話 休日の西野所長

土曜日の夕方、西野忠夫の携帯電話が鳴った。

久しぶりに土曜休みをとって、現場から家に戻り、家族と街に出かけていた。隣にいる高校卒業を間近に控えた娘の手には、2時間悩んだ末にようやく決めた入学式用フォーマルコートが包まれた紙袋が揺らめいている。穏やかな春の日。買い物を済ませて、これから食事に向かうタイミングだった。

B工区を任せている高崎直人の名前が表示されている。

通常であれば、連絡調整アプ

もっとみる