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「愛すべき世界」で遊ぶ〜寓話風に〜

#小説
 

いつのまにか、夜は明け始めていた。。

 ーーそうか。ここは、草原だったんだ。

 ひと晩じゅう歩いていたので、わたしは、すっかりくたびれていた。

 ーー少し、座らなくちゃ。

  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 わたしは、草原の真ん中まで来て、ハンカチを広げ、慎重に、座った。

 ーー蛇とか居たら、大変だもんね。。

 「え? 僕のことですか?」

 ぎょっとして、声のしたほうを振り返ると、そこには、まるで、申し合わせたかのように、一匹の蛇が、こちらを見ていた。

  「あなた、言葉が喋れるの?」

 「言葉が喋れない生き物なんて、居ませんよ。」

 少し、むっとしたような表情をして、蛇は、そう、言った。  

 ーーなんだか、奇妙な世界に、迷い込んでしまったみたい。。

 とっさに、わたしは、そう思った。

  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 蛇は、わたしが、「彼の敵ではない」と踏んだらしく、熱心に話しかけてくる。

「あなたは、どこから来たんですか?」

「えーっと。あっちのほうから。ひと晩じゅう歩いて、今、やっと、着いたところよ。」

「あっちのほうかぁ。」

「うん。そうよ。」

「来る途中に、火山はありましたか?」

「真夜中だったから、よくわからないけれど、たぶん、無かったと思うわ。赤い火は見えなかったし。」

「そうですか。それなら、良かった。ここからは、大丈夫。僕が案内します。」

「まぁ。ありがとう。」 

  蛇は、道案内を買って出てくれた。

 少し休んでから、わたしは、蛇に導かれるままに、歩き出した。

 ーーおなか、空いたな。

 と、こころのなかで呟いたら、蛇は、まるで、聞こえたかのように、わたしを、りんごの木の下まで、連れて行ってくれた。

 たしかに、りんごの木なんだけれど、不思議に、りんごのほかに、美味しそうなパンも、生っていた。。

 わたしは、りんごとパンを、一個ずつ、ちぎって、食べた。それだけで、おなかはすっかり、満たされた。

 少し歩くと、やがて、古めかしいお城が見えてきた。  

 「あぁ。着いた、着いた。」

 蛇は、安心したように、そう、言うと、先に、お城のなかに入っていった。

  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 「アリスさま、ですね?」

 「え?」

 蛇の後ろに続いて、お城に入ったわたしに、そう、話しかけて来たのは、「薔薇の花」だった。

 薔薇の花は、たしかに、薔薇の花で、薄い絹で出来た、綺麗なドレスを、身に纏っていた。

 ドレスには、スパンコールが一面に縫い付けてあって、光の加減で、キラキラと光って見えた。

 よく見たら、わたしは、いつの間にか、「アリスの衣装」を身につけていた。

 そうして、「アリス」のように、長い、ふわふわの髪になっていた。

 わたしは、もちろん、「アリス」などではない。

 けれども、薔薇の花は、わたしのことを、「アリス」だと決めつけていたし、実際のところ、わたしは、みんなが良く知る「アリス」の姿になってしまっているので、もう、この際、「アリス」でもいいや、という気持ちに、なっていた。

「はい、わたしは、アリスです。」

「あぁ、良かった。アリスさまがいらして下さった。」

 薔薇の花は、安心したように、そう言ったので、よくわからないけれど、わたしは、なんだか、少し、良いことをしたような気持ちになって、うれしくなった。

「どうぞ、こちら、です。」

 そう言うと、薔薇の花は、ドレスの裾を少しつまんで、踵を返し、わたしのまえをスタスタと歩き出した。

 薔薇の花は、意外にも早足だったので、わたしも、慌てて後に続いた。

  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 薔薇の花は、綺麗な白い大理石で出来た扉の前で立ち止まり、  

 「アリスさま、どうぞ、おはいり下さい。王さまがいらっしゃるので、失礼のないように、振る舞って下さいね。」

と、言うと、歩いて来た廊下を、また歩いて戻っていった。

 わたしは、おそるおそる扉を開けてみた。

 一番奥に、王さまがいらっしゃるのが、見えた。

 わたしが扉を開けたので、王さまは、こちらに目を向けた。

 わたしは、慌てて、膝をついて、丁寧なご挨拶をしてみた。それで良かったのか、全く自信はなかったのだけれど、王さまからの、お咎めは、特に無かったので、おそらくは正解だったのだと思うことにした。

「よろしい。おはいり。」

 王さまは、真面目な顔で、ひとこと、そう、おっしゃった。

 王さまの前には、白い大理石で造られた大きなテーブルがあり、三人の詩人が座って居て、お茶会をしていた。


 それぞれが、詩が書かれているのであろう、立派な表紙のノートを持っていた。

 「お前も、わたしに、詩を披露しに来たのだな。よろしい。聞いてしんぜよう。」

 王さまは、そう、おっしゃった。

 わたしは、そんなつもりはなかったし、詩も、全く用意してはいなかったけれど、よけいなことは言わないほうが良さそうだったので、ただ、

「ありがとうございます。」

と、だけ、答えておいた。

 王様は、ピンとした口ひげをはやしていて、小太りな方だった。大変に豪華な衣装が、重いのか、少し反り返るような姿勢で、一番立派な肘掛け椅子に座っていた。

 「さぁ。はじめよ。」

 王さまは、三人の詩人たちに、そう、声をおかけになった。

 すると、それまで、テーブルに着いて、お茶を戴いていた詩人たちは、静かに立ち上がり、王さまの前に出て、横に一列に並んだ。

 そうして、立派な表紙のノートを開くと、口々に、王様に向かって、自分の詩を朗読し始めた。

 けれども、三人は、一斉に唱えているので、混ざりあった声だけが響いて、なにがなんだか、さっぱりわからない。

 それでも、時々「絶望」、「後悔」、そして「悲しみ」、という言葉が、わたしには聞き取れた。

 ーーなんだか、とても、つらそうな人たちの集まりみたいだわ。。

 ーーどうしよう。

 ーーこのままでは、みんな、かわいそう過ぎる。誰も救われないわ。

 そう感じたわたしは、決めた。

 ーーそうか。わたしも、詩を、読めばいいんだ。

 そこで、わたしは、三人の列まで行って、その横に並んだ。

 そうして、わたしは、思いつくままに、即興で、詩を、詠ってみた。

 [ 愛すべき世界に。]

 わたしは、お花が好きです。

 わたしは、青空が好きです。

 わたしは、蝶々さんが好きです。

 わたしは、蜻蛉さんも好きです。

 わたしは、季節が移り変わってゆくと きが、好きです。

 風の匂いが好きです。

 あぁ、世界は、たくさんの、大好きなもので、あふれています。

 だから、世界は、滅びません。

 わたしたちが、この世界を、愛しつづける限り!

 わたしは、できるだけ、力強く、詠ってみた。

 すると、詩人たちは、一斉に、自分の詩を読むことをやめて、わたしのほうを向いた。

 そうして、全員が、

「あ、なんにもわかってない、お目出度いやつだ。」という表情で、わたしを、見た。

 そのうえ、全員が同時に、わたしに向かって、「やれやれ」という、手振りをしてみせたのだ。

 わたしは、なんだか悔しくなったので、もう一度、わたしの詩を、前よりも、もっと大きな声で、読んだ。

「愛すべき世界に。 わたしは、、、。」

 すると、彼らのなかのひとりが、わたしに近づいて来て、

「きみには、なぜ、僕が、ほんとうは、世界を愛したいと望んでいることが、分かったの?」

と、聞いてきたのだ。

「悲しみ」って唱えていた人だったかもしれない。

「え。そうなの?」 

「じゃ、ほんとうは、おんなじ気持ちだったってことかな。。」 

「そんなら良かった。」

 詩を詠み終えたわたしは、そう答えて、お茶の席に戻り、ゆっくりと着席した。

 そうして、冷めたお茶を、ひとくち、戴いた。二度も大きな声で朗読したから、喉が乾いたのだ。

 ほかの二人には、わかってもらえたのかなぁ。わたしの気持ち。ただのお目出度いやつじゃないんだけどな。。

 やがて、詩人たちは、また、自分たちの詩を、王様に向かって、口々に唱えだした。

 やっぱり、また、暗い悲しい詩でいっぱいだったけれど、わたしには、だんだん、彼らは、それでいいんだな、と思えて来た。

 ーーきっと、大丈夫なんだ、彼らは。こころの奥底には、ちゃんと、「明るいなにか」を持ち合わせているんだ。

 ーーだから、わたしは、なんにもしなくてもいい。彼らは、ほんとうは、ぜんぶ、わかっているんだもの。

 わたしは、すっかり安心出来たので、お茶会の部屋を、出ることにした。

 扉の前で、膝をついて、丁寧に、王様に、敬意を表することを、忘れないように、気をつけながら。

   ※ ※ ※ ※ ※ ※

 扉を下がって、もと来た廊下を戻ると、薔薇の花が、わたしを待っていた。

 「ご苦労さまでした。王さまは、あなたの詩を、大変にお喜びになっておられました。」

 「王さまは、あなたに、ご褒美に、これを渡すようにと、おっしゃいました。」

 薔薇の花は、そう言って、わたしに、立派な「懐中時計」を差し出した。

 ーーまぁ。アリスのおはなしに出てくる懐中時計にそっくりだわ。。

 わたしは、内心でそう思いながら、よく見ると、その懐中時計には、王さまの紋章が彫られてあった。

 ーーすごい。。畏れ多いわ。   

 「ありがとうございます。」

 わたしは、お礼を言って、薔薇の花にも、丁寧なお辞儀をして、お城を出た。

 すると、そこには、蛇が、待っていた。

 「上手におつとめが果たせたようだね。成功、成功。」

と、蛇は、言った。

 ーーどこで見ていたのかしら?

 と、不思議だったけれど、おつとめは成功したみたいだから、それでいいや、と思った。

   ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 蛇とわたしが、お城の外に出ると、ちょうど、お日さまが、真上に来ていた。。

 ーー良いお天気だこと。

  わたしは、きれいな空気を、胸いっぱいに吸い込んで、青空を見上げた。

  そうして、考えた。

 ーーそもそも、ここは、どこなんだろうか。。 
 
 ーーまた、夢だったら、いやだな。醒めてしまうから。

 そんなことを思っていると、蛇が話しかけて来た。

「おもしろいもの、見たいですか?」

「おもしろいものって?」

「付いてきて下さい。お見せしますから。」

 そういうと、蛇は、するすると滑り出した。

 アリスの衣装を付けたままのわたしも慌ててあとを追いかけた。

 お城がどんどん遠ざかってゆく。

 ーーあの、三人の詩人たちは、まだ、王さまの前で、自分の詩を唱えているのだろうか。

 そんなことを思いながら、アリスになったわたしは、蛇のあとを、遅れないように、早足で、歩いて行った。

 やがて、高い塔が見えてきた。

 白っぽい石造りで、かなり、古めかしい。

 高い塔のすぐ脇には、これもまた、古めかしい、レンガ造りの井戸があった。

 蛇は、その井戸の、すぐ横にするすると行って、 

 「ここに、隠してあるんです。」

と、言った。

 ーー何が隠してあるというのだろう。。

 「覗いて見て下さい。」

 「覗いたら見えるの?」

 「ええ。井戸はとっくの昔に干上がっていますから、水はありません。覗けば見えますよ。」

 わたしは、おそるおそる、井戸に近づくと、そうっと覗いてみた。

  井戸のずうっとずうっと下には、、キラキラと光る、小さな箱がひとつ、無造作に置かれていた。  

「小さな箱があるだけよ。」

「でも、特別な箱、なんです。」 

「特別な箱なの?」

「はい。特別です。」

「パンドラの匣ですから。」

   ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「ずいぶんと、キラキラしてるんだね。」

 ーーえ?

 ふと、振り返ると、いつの間にか、お城で逢った三人の詩人たちも、わたしと一緒に、井戸のなかを覗きこんでいた。

「暗いところでも、あんなにキラキラと光っているのだから、螺鈿細工で出来ている匣なのかもしれない。」

 わたしは、そう、呟いてみた。わたしは、螺鈿細工が大好きだから、そうだったら良いなって思ったのだ。

「パンドラさん、あれは、あなたの匣ですよね?」

 ーーえ? わたし?

 わたしはアリスだ、と言おうとして、よく見ると、わたしは、ギリシャ神話に出てくる、「パンドラ」のような姿になっていた。

 長いふわふわの髪は、アリスだったときのままなのだけれど、衣装が、まるでギリシャ神話に出てくる神々風のものに、すっかり、すり替わっていた。。

 お城で逢ったときのわたしは、「アリス」だったので、三人の詩人たちは、「パンドラ」が、「アリス」だったわたしだ、とは、気づいていない様子だった。

「どうやったら、取り出せるかなぁ。」

 三人の詩人たちは、興味津々といった風に見えた。

「簡単です。ただ、その、釣瓶を降ろせばいい。「匣」は、自然に、その釣瓶に乗ってくれますから。」

と、蛇は、平然とした様子で、言った。

「それなら、僕が、出来そうだ。」

 三人の詩人たちのなかで、一番、手の長そうな、背の高い詩人が、その役目を買って出た。

 ゆっくりと、釣瓶を、井戸の下まで降ろしてゆく。。

 すると、「匣」は、蛇が言った通りに、まるで、待っていたかのように、降ろされた釣瓶の上に、乗っかって来たのだ。

 背の高い詩人は、ゆっくりと、釣瓶を引き揚げてゆく。。

「来たぞ。」

「さぁ、どうぞ。パンドラさん。」

 背の高い詩人の手から、「パンドラ」になっているわたしに、「匣」は、手渡された。願った通り、「匣」は、螺鈿細工で作られていて、キラキラと光っていた。とても素敵な「匣」だ。  

「ありがとう。とても綺麗な匣だわ。」

「これって。開けるのよね?」

 と、わたしが聞くと、

「パンドラさん、この匣には、一度開けられた痕があるよ。。」

 背の高い詩人が、少し戸惑い気味にそう言った。

 すると、そこに、蛇が、口を挟んで来た。

「そうです。一度開けられたのだけれど、怖いものがたくさん出て来たので、パンドラさんは、慌てて閉めてしまったのです。」

「最後まで開けなかったので、なかに、まだ、残っているのです。」

「希望が。。」

   ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 「そりゃ、開けなきゃ、いけないよ、パンドラさんが。」

 今まで一度も、話しかけて来たことがなかった詩人が、わたしに向かって、そう言った。

 ーーそうね。「希望」を、閉じ込めておくわけにはいかないわね。

 わたしも、そう、思った。

「匣を開けるのに、最適な場所があります。付いてきて下さい。ご案内します。」

 蛇は、そう言うと、また、するすると、先に進み出した。

 わたしと三人の詩人たちは、蛇の後を追って、歩き出した。

 草原の真ん中を、草をかき分けつつ、心地よい風に吹かれながら、一匹と四人は、進んで行った。

 すると、突然、目の前に、どこまでも続く砂漠が、現れた。

 砂漠に出ても、蛇は、どんどん進んでゆく。

 ーーどこに行こうとしているのかしら。。

「パンドラの匣」を抱えているわたしは、心配になって、蛇に訊ねた。

「蛇さん、まだまだ行くの?」

「もうすぐですよ。」

「ほら、着きました。」

 目の前には、大きな湖が、広がっていた。。

   ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「大きな湖だねぇ。」

「さざ波が立っているよ。」

「真ん中に、小さな島があるよ。」

 三人の詩人たちは、美しい湖の風景に、こころを動かされたらしく、口々に、感想を言いあっていた。

  「パンドラさん、舟よ来たれ!と、叫んで下さい。」

 蛇は、そう、言った。

 少し恥ずかしいけれど、言うことを聞いたほうが良さそうだ、と、わたしは、思った。

 「舟よ来たれ!」

 わたしは、パンドラになりきって、荘厳に、おなかの底から、大きな声で、叫んでみた。

 すると、一匹と四人が、ちょうど乗れるくらいの「舟」が、湖の入り口に、すうっと、出現した。帆船だ。

「さぁ。乗り込んで下さい。」

 わたしと三人の詩人たちは、蛇に言われるままに、現れた「舟」に乗り込んだ。

 すると、「舟」は、漕ぎもしないのに、湖の真ん中の「島」まで、滑るように進み、わたしたちを「島」まで連れて行ってくれた。

「どうぞ、降りて下さい。」

 蛇に促されるままに、わたしと三人の詩人たちは、「島」に降り立っていた。

  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 「さぁ、パンドラさん、ここで、匣を開けるのです。」

 蛇は、きっぱりと、言った。

 なんだか、わたしは、自分が、ほんとうに、「パンドラ」であるかのような気持ちになっていた。

 今居るこの「世界」のために、「希望」が入っている「匣」を開けることが、自分の「使命」なのだとさえ、感じはじめていたのだ。

 三人の詩人と、蛇が、見守るなか、わたしは、「パンドラの匣」を、ついに、「もう一度」、開けた。

 ーー「希望」よ、いでよ。そして、世界を、救っておくれ。。

 その場に居た一匹と四人は、皆、おなじおもいを持っていたのかもしれない。

 ーーこれで、パンドラは、「匣」を、「最後まで」開けたことになるんだわ。

 「匣」を開けた瞬間、なかから現れた「希望」は、小さな渦巻く風を起こしながら、「匣」から、出て来た。

 「ありがとう。わたしを思い出してくれて。」

 「希望」は、たしかに、そう、言った。

 「希望」とともに現れた渦巻く風は、しだいに強さを増しながら、、湖の上に昇って、大きな「渦」となって、湖全体を覆った。

 やがて、その「渦」は、あたたかな、「ヒカリ」をともなって、ぐるぐると、湖の上を、旋回し始めたのだ

一匹と四人は、その様子を、ただただ、見守っていた。

   ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 「渦」は、湖の上を、ぐるぐると、旋回し続けた。

 どのくらいの時間が経ったろう。。

 しだいに、「渦」と、渦巻く風と、温かな「ヒカリ」は、高く、空に昇って、やがて、広い空に、吸い込まれていった。

 あたりは、静かな空気に包まれていた。

 湖の真ん中の、「島」の上に立っていたはずのわたしたちは、いつの間にか、緑豊かな土地に立っていることに、気がついた。

「あの湖は、どこに行ったの?」

 驚いたわたしは、思わず、思ったことをそのまま、言ってしまった。

「あの湖は、消えました。」

 あたりまえだ、というような顔をして、蛇が言った。

「え? どうして消えたの?」

 わたしは、また、思ったことを、そのまま言った。

「希望が、あの湖を、消したのですよ。」

 こともなげに、蛇は、言ってのけた。

 ーーそんなことが、、、。

 今度は、こころのなかで呟いた。

 三人の詩人たちも、あっけにとられて、湖があった場所を、ただただ、見つめていた。

 ーー湖は、あんなに大きくて、たくさんの水を湛えていたのに、あとかたもなく消えてしまうなんて。。

 きっと、四人とも、同じ気持ちだっただろう。

「あの湖は、たくさんの人々の、絶望や後悔や悲しみのなみだで、出来ていたのですよ。」

「パンドラさんが、匣から、希望を出してくれたから、なみだは消えたのです。」

 蛇は、やっぱり、あたりまえだ、というような顔をしながら、言った。

 ーーわたしは、きっと、善いことをしたんだ。お城で、詩を読んだ時よりも、きっと、ずっと、善いことを。。

 少し恥ずかしくなったわたしは、こころのなかで、そう、ひとりごとを言った。
 すると、

「そうです。パンドラさん。あなたは、善いことをしたんですよ。この世界にとって。」

 まるでわたしのこころのなかの声まで、聞いているかのように、蛇は、言った。

 わたしは、井戸から、「匣」を出してくれた背の高い詩人に、

「ありがとう。あなたが、匣を、井戸から救い出してくれたから、わたしは、希望を、この世界に、出してあげることが出来たわ。」

 と、お礼を言った。

 背の高い詩人は、しきりに、照れていた。

 ーーあなたにも、なにか善いことが起こりますように。

 わたしは、こころのなかで、そう、呟いた。

 「じゃ、僕たちは、お城に帰ります。王さまが、心配だから。」

 三人の詩人たちは、わたしと蛇に、手を振って、別れを告げた。

 ーー彼らの詩の、「絶望」と「後悔」と「悲しみ」は、これから、どうなってゆくのかしら?

 わたしは、ふと、そんなことを、思った。

 ーーでも、彼らは、ぜんぶ、わかっているのだから、わたしが心配しなくても、大丈夫。

 わたしは、もう一度、自分に、そう、言い聞かせた。

  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「おかあさん、ただいま。」

 娘の声だ。

 「アリス」でもなく、「パンドラ」でもない、「わたし」が、

 「あ、お帰り。」

 と、答える。

 ーーさぁ、空想の世界のおはなしは、もう、おしまいにしなきゃ。

 とりとめのない日常に帰る時間だ。

 ーーさぁ、ごはんの支度だわ。。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 空想の世界は楽しい。

 いつまでも、遊んでいられる。

 「詩人たち」も、「蛇」も「ドレスを着た薔薇の花」も、「アリス」も「パンドラ」も、そして、「王さま」も、みんな、わたしの空想の世界に住んでいる。

 空想のなかで遊んでいるだけのわたしに、現実の世界を救えるはずもないけれど、それでも、わたしは、「存在する全ての世界」を、愛している。

 そうして、いつだって、「パンドラの匣」を、「最後まで開けたい」と、願っている。

 







































































































































































































































































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