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あいいろのうさぎ  短編集

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「あいいろのうさぎ」として活動している私が日々書き溜めている短編をまとめたものです。恐らく文字数は1000字程度なので、サクッと読んでいただけると思います。 巡り合ったあなたの時…
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2024年8月の記事一覧

終わらない夢

終わらない夢

あいいろのうさぎ

 それはほとんど恋に落ちるのと同じだった。

 初めて見たミュージカルは私を虜にした。豪華絢爛な舞台に照明が当たり、生演奏に乗せて演者が歌いだす。その声は会場中を包みこみ、私の心に染みこんで、一つの夢を持たせた。

 私もあの舞台に立ちたい。

 それからはもう、必死だった。

 両親を説得してレッスンに通う日々。初めの頃は身体も固くて、筋力も無くて、芯の無い歌声で、台詞も棒読

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天まで届け

天まで届け

あいいろのうさぎ

 あなたと出会ったのは、酷く蒸し暑い夏。浜辺で熱中症になったあなたをお友達が救護テントに運んできたのがきっかけでしたね。あの時はすぐに回復してくれて良かったけれど、回復した途端に私をご飯に誘うのはさすがにどうかと思いました。今も思っています。

 ただ、その日から“よく見かける人”くらいの存在だったあなたが“ちょっと気になる人”になってしまったのは確かです。

 あなたはサーフ

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あなたの声のする方へ

あなたの声のする方へ

あいいろのうさぎ

 現実と夢の間を彷徨っている。目を閉じているはずなのに、いろんな人の顔が浮かんでは消えていくから、これはきっと夢なのだろう。でも自分が寝転がっている感覚もあって、なんだか不思議な感じだ。

 会社で同じ部署の人たち、高校時代のクラスメイト、中学時代の部活仲間、小学生の頃からの幼馴染。普段は思い出さないような顔ぶれまで姿を現していて、これじゃまるで走馬灯だ。

 あぁ、でも確かに

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あの浜辺にお姉さんはいない

あの浜辺にお姉さんはいない

あいいろのうさぎ

 夏になると思い出すことがある。

 小学五年生の夏休み。海辺の町に家族で出かけた。滞在期間は二週間。昼間も家族で泳いでいたのに、僕は夜もこっそり抜け出して海に来ていた。

 昼のキラキラした海と違って、夜の海は暗闇がうねってザザーンと声を出しているみたいで、少し怖かったけど、海風の気持ちよさと月明かりが僕に勇気を持たせていた。

「君、こんな時間に一人で出歩いたらダメでしょ?

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これは恋じゃない!

これは恋じゃない!

あいいろのうさぎ

 視界の隅に数字が見えて、一瞬「なんだこれ?」と思ってからすぐにそいつの正体に思い当たって、首をぶんぶん振った。

 ない。ない。絶対ない。あり得ない。

 よりにもよって私にそれが見えるなんてない。

 この視界の隅をどこまでもついてくるデジタル数字は『恋に落ちるまでの日数』を表している。信じられない話なのは百も承知だ。でも私は今までに散々この数字を他人の頭の上に見てきた。こ

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