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これは恋じゃない!

あいいろのうさぎ

 視界の隅に数字が見えて、一瞬「なんだこれ?」と思ってからすぐにそいつの正体に思い当たって、首をぶんぶん振った。

 ない。ない。絶対ない。あり得ない。

 よりにもよって私にそれが見えるなんてない。

 この視界の隅をどこまでもついてくるデジタル数字は『恋に落ちるまでの日数』を表している。信じられない話なのは百も承知だ。でも私は今までに散々この数字を他人の頭の上に見てきた。この数字は恋をする五日前から現れ始め、恋に落ちた瞬間ハートマークに変わる。そうなった時には誰も彼もがその視線を好きな人に向けてはため息を吐くのだ。

 しかし、私はずっと思っていた。恋なんてしたくないと。

 片想いが目に見えてしまうこの能力は、付き合っている人たちから恋が失われていく様子さえ見せる。ハートマークが段々色褪せていくのだ。もう相手がいるのにも関わらず別の相手に対してカウントが始まっているのも見かけたことがあるし、恋心なんて信用ならない。

 だから私は恋をしないと、決めているのだ。


 私の意思の強さのおかげか、この数字が間違っているのか、はたまた数字は別のものを示しているのか。入学式というビッグイベントを終えても私に恋は訪れそうになかった。クラスメイトに一目ぼれなんていうことにならなくて、とりあえず安心。今日はカウントがゼロになる日だ。何事もなく過ごせればきっと恋に落ちるなんてことは無い。


 迂闊だった。

 友達に誘われて軽音部の見学に来てしまった。新しい出会いの場に自ら足を踏み込むなんて、とんでもない愚か者だ。

 ずっと誰とも視線を合わせないようにしていたせいだろう。さっきの演奏でギターを弾いていた先輩が「どした? 具合悪いの?」と近づいてきた。「いえ、大丈夫です」と言ったのに、先輩が屈んでくるから強制的に視線が合ってしまう。

「わ、可愛い」

 時が止まったように感じる。いや、ゆっくりと、少しずつ進んでいる。私の視界の隅のゼロが少しずつ形を変える。嫌だ。やめてくれ。確かに先輩は綺麗でギターが上手くてコーラスも見事だった……って何言ってるの私。

「ねえ、軽音部入らない? 私が教えてあげる」

 視界の隅にハートマークが出来上がる。

 嘘だ。嘘だ嘘だ噓だ。

 一目惚れなんて私がするわけない。そう、だから、あくまで尊敬する先輩を見つけただけ。恋なんかじゃない。

 ドキドキしてないし仲良くなりたいなんて思ってない!


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 「これは恋じゃない!」のお題は「恋のカウントダウン」でした。最初はどうしようかと思って、また見切り発車したのですが、どうにか形になって一安心です。主人公が視界の隅のハートマークと、自分の本心と、恋だと信じたくない気持ちで揺れ動く様が見たいなぁ(他人事)

 この作品がお楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




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