見出し画像

終わらない夢

あいいろのうさぎ

 それはほとんど恋に落ちるのと同じだった。

 初めて見たミュージカルは私を虜にした。豪華絢爛な舞台に照明が当たり、生演奏に乗せて演者が歌いだす。その声は会場中を包みこみ、私の心に染みこんで、一つの夢を持たせた。

 私もあの舞台に立ちたい。


 それからはもう、必死だった。

 両親を説得してレッスンに通う日々。初めの頃は身体も固くて、筋力も無くて、芯の無い歌声で、台詞も棒読みにしか聞こえなくて、みんなが私の夢を笑った。

 それでも私は「ミュージカル女優になる」と言うことをやめなかった。

 どんなに才能に恵まれていなくても、私にはあの舞台に立つ以外の人生が考えられなかった。それは傲慢とさえ言えるかもしれない。「自分のレベルが分からないのか」と直接的に言われることもあった。その時は「そんなの私が一番分かってる」と返した。

 あの舞台を見てからというもの、私はできる限りプロの演技を見るようにしている。そこで思い知らされないわけが無い。私とあの舞台に立つ役者との差を。それはまさに雲泥の差だ。

 でも、不思議と諦める気はしなかった。

 その差に直面するのはいつだって辛かったし、悔しかった。けれど舞台はどうしようもなく私を惹きつける。

 私の片想いであることなんて分かりきっているんだから、振り向かせる努力に集中すればいい。

 ずっと、必死だった。

 努力を重ねるうちに私を見てくれる人が増えてきた。私の夢を応援してくれる人も私のことを認めてくれる人も。

 増えていく温かい声の中に、あの舞台の声があった。

 私は、オーディションに受かった。

 けれど劇団の研究生になれたというだけで、舞台に上がることはまだできない。

 それでも、研究生として過ごす日々は楽しかった。同じ方向を見て高め合える仲間が出来たことは、私に今までにない充実した日々をくれた。

 みんなのおかげで、私は舞台に立てることになった。

 あの日見た舞台のアンサンブルの一人。私が最初に掴んだ役だ。

 報告したら両親は泣いて喜んでくれた。今も客席のどこかにいるだろうし、下手したら泣いているかもしれない。

 スポットライトを浴びて、仲間たちと声を揃えて歌いだす。観客の目が集まって、そこに期待の表情が浮かぶ。

 まだ私の夢は終わっていない。私の夢はこの舞台の主役になること。主役になっても、私の夢は終わらない。

 私が誰かの夢になるまで。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 「終わらない夢」は「運命の瞬間」というお題から生まれた作品です。最初は“告白”や“大会”など、『結果が出る瞬間』を思い浮かべましたが、『心を掴まれた瞬間』という解釈を思いついたのでこのような物語になりました。楽しんでいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?