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あの浜辺にお姉さんはいない

あいいろのうさぎ

 夏になると思い出すことがある。

 小学五年生の夏休み。海辺の町に家族で出かけた。滞在期間は二週間。昼間も家族で泳いでいたのに、僕は夜もこっそり抜け出して海に来ていた。

 昼のキラキラした海と違って、夜の海は暗闇がうねってザザーンと声を出しているみたいで、少し怖かったけど、海風の気持ちよさと月明かりが僕に勇気を持たせていた。

「君、こんな時間に一人で出歩いたらダメでしょ?」

 知らない女の人の声がして、後ろを振り向く。ワンピースと茶色い髪が海風で波打っていて、その肌は月明かりで不健康なほど白く照らされている。

「だ、誰?」

「君こそ誰? ここら辺じゃ見ない子だけど、観光客? あんまり遅い時間まで外にいちゃいけないよ」

 その人の言う事はもっともで、僕には絶対浜辺にいたい理由もなくて、でもここであっさり帰るのは、なんだか納得できない感じがした。

「『帰りたくない』って顔に書いてあるね」

 そんなに分かりやすく顔に出ていたのかと驚いてお姉さんの顔を見たら、ニヤッとしてこう言われた。

「仕方がないからお姉さんが一緒にいてあげよう」


 それから、この町にいる間は毎晩お姉さんと話した。お姉さんと話すのはすごくくだらないことだったり、家族にも話したことがない僕の悩みだったりした。僕はどうしてお姉さんにそんな話ができたのか不思議だったし、でも他愛ないことを話してそんなことは忘れてしまったりした。

 そうしてあっという間に別れの日が来てしまった。

「きっと君は私のことなんて忘れてしまうだろうけど、私は忘れないよ。約束だ」

 お姉さんはあの時そう言ったけれど、僕はお姉さんのことを忘れていない。だから、大学二年生になった今年、僕はあの町に来た。

 お姉さんについて聞き込みをしていると、町の人たちは口を揃えて「あざみさんのことだ」と言った。僕は浜辺に行ったけれど、やっぱり会えなかったので、町の人たちの言う通りにお墓参りに行った。

 お姉さん──あざみさんは、僕が小学五年生の時には、とっくに亡くなっていたらしい。僕は幽霊と話をしていたことになるから、にわかには信じられなかったけど、あの病的なまでの肌の白さはそのことを証明しているようにも思えた。

 町の人に案内してもらったお墓の前に立つ。

 僕はあの日のあざみさんの姿を思い出す。

「会いに来てくれたんだ。嬉しいよ」

 風に乗ってそんな声が届いたような気がした。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 今回のお題は「ひと夏の経験」です。色々な言葉を思い浮かべましたが、最終的には「海」からこのお話を書きました。あまりサクサク書けたわけではありませんが、作者がこういう話好きなので気に入っています。

 またお目にかかれることを願っています。




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