眠りの状態は完全な知識?!ラマナ・マハルシ「真我」
眠りの状態は完全な知識?!ラマナ・マハルシ「真我」
覚者:記事名に使った、「(中略)眠りの状態は完全な知識なのです」というのは、本書からの引用だ。
ラマナ・マハルシは、沈黙(マウナ)を重視したが、真我探求(アートマ・ヴィチャーラ)の方法としては、「私は誰か?」=「Who am I?」と内省する方法が特に有名だ。
でも、眠りからの目覚めを利用する、冒頭で引用した方法も、なんとなく心に訴えるものがあったので、取り上げることにした次第(笑)。
ボク:そもそも何で真我探求しなきゃならないんだっけ?
真我に気づきつづけることが、解脱であり、至福だからだ。(要するに、悟りの境地!)
そっかー、で、眠りについてなんだけどね。ボクの感覚では、熟睡しているときなんて、何も感じずに、一瞬で次の瞬間に行ってる気がするんだけど。読者のアナタもそうだよねぇ??なのに、なんで、「完全な知識」なの?(笑)。
そうだね。オレもそう思うんだけどさ・・・(苦笑)。でも、熟睡している状態は、完全な無を「見る者」=真我だけになっている状態だから、「完全な知識」なんだよね・・・(笑)。キミや、読者のアナタが、一瞬で次の瞬間に行ってる気がするのは、眠りの中には、時空がないからなんだよね。「私」というものが起動して初めて時空が現れるんだ。要するに、真我=真の「キミ」・真の「アナタ」は時空を超えているんだよね!(笑)。
眠りから目覚めるときに、そんな凄いことが起こっていたのかー?!(笑)。考えたことなかったよ!(笑)。ぷぷぷ!(笑)。なんかさ、完全な無を「見る者」っていったら、以前のブログ記事思い出したよ(笑)。
完全な無を「見る者」という点では、死んでるときと同じってことだよねー(笑)。
そーだね!ヤージュニャヴァルキヤを思い出すね!(笑)。彼自身は、そうは言ってないけれども、死んだあとも真我=アートマンは残るから、不死だという・・・(笑)。まあ、かつてのお勉強のおさらいだけどさ(笑)。
眠りから目覚めへの移行時がチャンス!
眠りから目覚めへの移行時は、「私」だけになる。「チャンス♪」と思わなきゃいけないよね(笑)。移行時の「私」を捉えれば、その大元となるものが見出される。それによって、真我探求に導かれる。
要するに、寝起きの「私」を捉えれば、真我探求に役立つってことでしょ?でもさ、寝起きの「私」なんて、意識が朦朧としていて、そんなこと考える余裕あんのかなーって、ボクは思うんだけどさ(笑)。
バカだなぁ・・・(笑)。意識が朦朧としているからこそ、「チャンス♪」と思わなきゃ!。想念が生まれる前の「純粋な「私」」=真我を捉えて、捉えたまま離さなければ、真我探求は成るってことなんだからね!(笑)。
だとしたら、起き抜けで、意識が朦朧としていて、わけがわからないのが「真我」ってことにならない?なんかオカシーよ(苦笑)。
うーん、この点、どう考えたらいいんだろう??キミの言うことも、もっともかもしれないな・・・(笑)
自分が起き抜けになっているプロセスを深堀りしていけばいいのかなぁ・・・??
それもそうだな。プロセスを深堀りしてみよう!。朝、「パ」っと眼が覚める。眠くて、頭が朦朧としている。わけがわからない。だんだん、自分が起きたんだ!と思い出して、世界が見えてくる。
実は、オレは最近、モーニングコールしてもらっててね。スマホの着信音で、たいていの場合、熟睡状態から、眼が「パ」っと覚めるんだわ(笑)。眼が覚めたら、朦朧状態から、だんだんと、ああ、起きたんだな、と気づく。そして、スマホに出ると!(笑)。
だから、「パ」っと眼が覚めた瞬間、オレは「真我」なんだなぁ・・・と、思うわけよ(笑)。これって、全然オカシクなくない??(笑)。
うーん、そういうふうに、プロセスを分析的に捉えると、なんとなく、さっき感じたオカシサが特に感じられないような気がする・・・。それでいいのか・・・。ボクも、朝起きたときに、真我をすぐに捉える訓練しようかなぁ・・・。そして、一度捉えたら、離さないという・・・(笑)。
真我をいきなり捉えるのはキビシーから、まずは、「私」を捉える練習から始めたら??
それもそうだね(苦笑)。
さっきのオレの場合だとしたら、真我を捉えるのって、「朝『パ』!!」の瞬間を逃さずキープ、みたいな話なんだよね。面白いよね(笑)。
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