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KILLING ME SOFTLY【小説】08_僕の世界は救われた

朦朧とした頭と焦点が定まらない目で包丁を握り、深呼吸の後に覚悟を決め唾を飲む。
冷ややかな先端が私の喉元へ触れ、あと少しで刺さるという場面に突然、脳裏に浮かんだのは例え振り切ろうが、世界中どこまでも私を捜し回って必ず見つける千暁の存在。


ハッと我に返る。
危うくとんでもないことを仕出かすところだったと腰が抜けた。
現代社会は残念ながら弱いままでは生きられず〈辛いならやめて逃げればいいのに〉といかにも分かった風な口を利く偽善者が大勢、とはいえ問題に直面していない彼らは遠巻きに眺めるだけで、実際に助けてくれるか?否。


無関係だからこそ言える台詞は優しさでなく、寧ろ断崖絶壁にて突き落とすようなもの。今やどれ程、日夜苦悶し、その末に命を絶っても在り来たりな自死だと扱われるどころか私の場合は匿名性を悪用してここまで追い詰めたアンチが歓喜に沸くなどと思い至り、凄まじい遣る瀬無さに震え、負けじと立ち上がる。


だが、再び床に横たわり、大好きなアーティストの曲を歌いながら尚も地獄の淵を彷徨っていた私を、千暁が弾き語りで救い出してくれたのだ(…まさに彼女の、空虚な、部屋へと誘う…)。
あんなに泣いたのはいつ以来?
怒りも覚えず、涙すら流せなくなった私と世界を、彼が変える。


すぐに東京を離れ、初めて私のことを信じたのが愛する男で、彼の仲間も味方にはなれど、雲隠れにも限界があり、未来は全く描けない。


一体どうしよう、何をしたら良いかな?



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