水色の三角形

読んだ本の感想を書いてます。

水色の三角形

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記事一覧

パヴェーゼ『月と篝火』

初めて読んだとき、けっこう気持ちが暗くなったのだけど、お盆だったので読み返した。ちゃんとしっかり暗い気持ちになった。こういう本って好きである。パフォーマンスが安…

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稲垣諭『「くぐり抜け」の哲学』

本書は二章から面白くなる。いちばん面白いのは一章である。 と、こう書くと矛盾しているようだが、面白さの種類が違うのである。二章以降は「グイグイ読み進められる」と…

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村上春樹『うずまき猫のみつけかた』

いつ読んでも良い本、というのがあって、この本はそれである。 本というのは、読み手のおかれた状態や環境によって読み心地が変わる。季節や天気に合わせた服装とか、情景…

水色の三角形
2週間前
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若松英輔『霊性の哲学』

著者と一緒に読んだかのような気分である。 「私と同じようにやりなさい」ではなく「私と共にやりなさい」というのが良い教師である。と、いうようなことをドゥルーズが書…

水色の三角形
2週間前
22

多和田葉子『言葉と歩く日記』

白状すると、読んでいて肩が凝った。 言葉と歩く、という題から、どこかゆるいものをイメージしていたのかもしれない。読んでみると、引き締まっている感じがした。 「批…

水色の三角形
1か月前
6

岸本佐知子『死ぬまでに行きたい海』

岸本佐知子のエッセイはちょっと変だ。たぶん、岸本さん自身がちょっと不思議なひとなのだろう。 と、言ったものの、このひとの書くものに限らず、エッセイというジャンル…

水色の三角形
1か月前
7

パヴェーゼ『美しい夏』

読み終えた後、悲しみが残る本だった。 どこか見覚えのある悲しみだな、とぼんやり考えていたら、ジョン・ウィリアムズの『ストーナー』を思い出した。ストーナーという男…

水色の三角形
2か月前
7

ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』

これは例外の話だ。例外状態。 これまで読んだサラマーゴの作品は、どれもそうだった。『白の闇』も『見ること』も。特殊な状況に置かれた人々の話。本作では、ある国で、…

水色の三角形
2か月前
6

レヴィ=ストロース『構造・神話・労働』

声のある本だった。本書は講演・対談集だ。もとが声で語られたものを文字に起こした形式である。だから、音声的に感じられても不思議はない。 ただ、わたしが感じたのは、…

水色の三角形
3か月前
21

ニック・チェイター『心はこうして創られる』

タイトルからわかる通り、本書によれば、「心」は「創られる」ものだという。それは臓器のように、人の内部に「在る」ものではなく、表情や声のように、その都度「創造され…

水色の三角形
4か月前
4

セス・フリード『大いなる不満』

一時期、翻訳者の岸本佐知子さんの訳書を集中的に読んでいたことがある。どの小説も奇妙、というかほとんど奇天烈な設定のもと、やはり奇妙な登場人物たちが奇妙なドラマを…

水色の三角形
5か月前
4

岡潔『春宵十話』

すこし前、よく行く古本屋に寄ったら、入り口に近々店じまいをする、という知らせが貼ってあった。さみしい。これはその日に買った本。 書棚に並べられているのでなく、そ…

水色の三角形
5か月前
10

千種創一『砂丘律』

歌集を読むたびに、短歌を読むのって苦手だ、といつも思う。それなのに、ときどきまた短歌を読みに戻ってきてしまう。不思議ですね。 本の名前が『砂丘律』だからか、装丁…

水色の三角形
5か月前
24

アーノルド・ゼイブル『カフェ・シェヘラザード』

タイトルが素敵だ。と、思って手に取った一冊。この物語のカフェ・シェヘラザードはオーストラリアにある。あとがきによれば、実際にモデルとなった店があるという。 シェ…

水色の三角形
5か月前
6

アミン・マアルーフ『アイデンティティが人を殺す』

読むのが難しい本だった。と、いって、内容が高度で難儀した、というのではない。 どちらかといえば、易しい本だと思う。どの本も、深く理解しようとすれば「簡単」という…

水色の三角形
5か月前
4

フランソワ・グロジャン『バイリンガルの世界へようこそ』

この本での「バイリンガル」という言葉の対象は、ずいぶん広い。いわゆる「標準語」のほかに地方語を操る者も含まれるし、「バイ」と言っても、三つ以上の言語に通じている…

水色の三角形
6か月前
7
パヴェーゼ『月と篝火』

パヴェーゼ『月と篝火』

初めて読んだとき、けっこう気持ちが暗くなったのだけど、お盆だったので読み返した。ちゃんとしっかり暗い気持ちになった。こういう本って好きである。パフォーマンスが安定している。一流の演奏家のように。

食べて気持ちが暗くなる料理とか、会うと気分が落ち込む人、というのは困るけれども、読書については「読んで気持ちが暗くなる」というのは必ずしもその本の欠点ではない。というのが私の考えである。

とはいえ、「

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稲垣諭『「くぐり抜け」の哲学』

稲垣諭『「くぐり抜け」の哲学』

本書は二章から面白くなる。いちばん面白いのは一章である。

と、こう書くと矛盾しているようだが、面白さの種類が違うのである。二章以降は「グイグイ読み進められる」という面白さ、一章は「噛めば噛むほど」的な面白さ。読み終えた後、折に触れてはふと思い返してしまうのは一章のほうで、そういう文章って素敵である。

そんな一章は主に、クラゲの話である。

メルヴィル『白鯨』は、鯨に関する膨大な記述から始まるけ

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村上春樹『うずまき猫のみつけかた』

村上春樹『うずまき猫のみつけかた』

いつ読んでも良い本、というのがあって、この本はそれである。

本というのは、読み手のおかれた状態や環境によって読み心地が変わる。季節や天気に合わせた服装とか、情景に合った音楽、お酒に合うつまみ、とかと同じである。夏に読みたくなる本もあれば、雨の日にピタッとはまる本もある。

なので、いつ読んでも良い本、というのは、どんな季節に、どんなつまみと合わせても美味しいお酒、みたいな存在である。素晴らしいで

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若松英輔『霊性の哲学』

若松英輔『霊性の哲学』

著者と一緒に読んだかのような気分である。

「私と同じようにやりなさい」ではなく「私と共にやりなさい」というのが良い教師である。と、いうようなことをドゥルーズが書いていたけれど、本書の著者は僕にとって良き先生だったわけである。ありがたい。

六人の日本の思想家(と、簡単にまとめていいのかわからないけれど、ひとまず)の「霊性」にまつわる思考を読み解いて、読者に伝えていく。という本である。

そこで、

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多和田葉子『言葉と歩く日記』

多和田葉子『言葉と歩く日記』

白状すると、読んでいて肩が凝った。

言葉と歩く、という題から、どこかゆるいものをイメージしていたのかもしれない。読んでみると、引き締まっている感じがした。

「批判精神」という言葉が浮かぶ。多和田さんはドイツ在住で、ドイツ語で執筆もされている。「批判」と「ドイツ」にはどこか通じるイメージがある。たとえばドイツの哲学者カントは、三批判書をドイツ語で書いた。

と、安易な連想で片付けると、叱られてし

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岸本佐知子『死ぬまでに行きたい海』

岸本佐知子『死ぬまでに行きたい海』

岸本佐知子のエッセイはちょっと変だ。たぶん、岸本さん自身がちょっと不思議なひとなのだろう。

と、言ったものの、このひとの書くものに限らず、エッセイというジャンル自体「ちょっと変」な作品が多いようにも思う。

そのほうが面白いから、というのもあるだろう。しかしそもそも、ひとはみなちょっと変だから、というのがより深い理由のような気がする。エッセイは、そうした個性的な「ちょっと変さ」が現れやすい場所な

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パヴェーゼ『美しい夏』

パヴェーゼ『美しい夏』

読み終えた後、悲しみが残る本だった。

どこか見覚えのある悲しみだな、とぼんやり考えていたら、ジョン・ウィリアムズの『ストーナー』を思い出した。ストーナーという男の生涯を描いた物語である。

胡椒と唐辛子はどちらも辛い。でも、辛さの種類が異なる。それと似て、悲しみにも色んな味わいがある。『美しい夏』と『ストーナー』は、その「味わい」が似ている。

それは人の運命の悲しさだ。「悲しい運命」ではない。

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ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』

ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』

これは例外の話だ。例外状態。

これまで読んだサラマーゴの作品は、どれもそうだった。『白の闇』も『見ること』も。特殊な状況に置かれた人々の話。本作では、ある国で、ある日を境に、人がだれも死ななくなる。

人はみんな死ぬ。死なない人はいない。いない筈だから、例外である。それが突然、常態になる。人々がその変化にどう反応するか。それが描かれる。

葬儀屋や保険屋が困る。人が死なないと商売あがったりである

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レヴィ=ストロース『構造・神話・労働』

レヴィ=ストロース『構造・神話・労働』

声のある本だった。本書は講演・対談集だ。もとが声で語られたものを文字に起こした形式である。だから、音声的に感じられても不思議はない。

ただ、わたしが感じたのは、音ではなく、声なのだ。身体器官としての声。文体や筆跡と似たような、レヴィ=ストロースの個人情報をそなえたものしての、声。



「構造」と「神話」と「労働」について語っている。タイトルの通りだ。しかし、「構造についての話」や「神話につい

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ニック・チェイター『心はこうして創られる』

ニック・チェイター『心はこうして創られる』

タイトルからわかる通り、本書によれば、「心」は「創られる」ものだという。それは臓器のように、人の内部に「在る」ものではなく、表情や声のように、その都度「創造される」類のものだというのだ。

英語の原題は the mind is flat 、日本語にすれば「心は平ら」。本文中では「心には表面しかない」等と訳されている。その意味は、心には「深層」とか「奥行き」のようなものはない、ということだ。


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セス・フリード『大いなる不満』

セス・フリード『大いなる不満』

一時期、翻訳者の岸本佐知子さんの訳書を集中的に読んでいたことがある。どの小説も奇妙、というかほとんど奇天烈な設定のもと、やはり奇妙な登場人物たちが奇妙なドラマを展開する(もしくは奇妙に、展開しない)。

それでいて、その小説には力強いリアリティがある。既視感さえ感じる。たぶん、そこには寓話のような性格があるのだと思う。

この『大いなる不満』を読んで、そのときのことが思い出された。寓話的に極端な世

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岡潔『春宵十話』

岡潔『春宵十話』

すこし前、よく行く古本屋に寄ったら、入り口に近々店じまいをする、という知らせが貼ってあった。さみしい。これはその日に買った本。

書棚に並べられているのでなく、その辺に積まれてあった本で、背表紙ではなく顔が気に入って手に取った。

読んでみると、数学者というよりか、剣術の達人か、熟練の刀鍛冶の書いた文章みたいに感じる。「境地」という言葉が、ふと頭に浮かぶような一冊。



「情緒」についての話が

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千種創一『砂丘律』

千種創一『砂丘律』

歌集を読むたびに、短歌を読むのって苦手だ、といつも思う。それなのに、ときどきまた短歌を読みに戻ってきてしまう。不思議ですね。

本の名前が『砂丘律』だからか、装丁の写真の背景の色からか、はじめから砂の色を感じる本だった。読むうちに、その色は「砂」ではなく「砂漠」のそれに変わっていく。

ボルヘスに『砂の本』という作品がある。この本から僕が感じる「砂色」は、グレーに近い。やや青ざめてさえいる。たいし

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アーノルド・ゼイブル『カフェ・シェヘラザード』

アーノルド・ゼイブル『カフェ・シェヘラザード』

タイトルが素敵だ。と、思って手に取った一冊。この物語のカフェ・シェヘラザードはオーストラリアにある。あとがきによれば、実際にモデルとなった店があるという。

シェヘラザードといえば、千夜一夜物語(ちなみに自分は通して読んだことはない)の登場人物。毎夜、興味深い物語を聞かせては「続きは、また明日」と引き延ばすことで、シャフリヤール王からの処刑を免れ続けた王妃の名前だ。

「シェヘラザード」を経営する

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アミン・マアルーフ『アイデンティティが人を殺す』

アミン・マアルーフ『アイデンティティが人を殺す』

読むのが難しい本だった。と、いって、内容が高度で難儀した、というのではない。

どちらかといえば、易しい本だと思う。どの本も、深く理解しようとすれば「簡単」ということはない。それはこの本も同じだ。

でも、難しさの程度というか、とっつきやすさには本によって一冊一冊に個性がある。晦渋な言い回しや、複雑な概念操作のために難読、という本もある。そして本書は全然そういうタイプの本ではない。



「アイ

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フランソワ・グロジャン『バイリンガルの世界へようこそ』

フランソワ・グロジャン『バイリンガルの世界へようこそ』

この本での「バイリンガル」という言葉の対象は、ずいぶん広い。いわゆる「標準語」のほかに地方語を操る者も含まれるし、「バイ」と言っても、三つ以上の言語に通じている者(プルリンガル、ポリグロット)も「バイリンガル」に含まれる。

読んでいると、言葉を数える、というのはどういうふうにやるんだろう、とふと不思議に感じたりする。互いによく似た二つの異なる言語と、同じ言語内での個性の強い二つの方言、それらはど

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