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忘れじの 行く末までは 難ければ 今日を限りの 命ともがな

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忘れじの 行く末までは 難ければ 今日を限りの 命ともがな

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さっき作った二人分の料理を、ぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨てた

「たこ焼きがしたい」 と君に連絡をすると、来週末仕事が休みだから俺の家のたこ焼き器持っていくね、と返ってきた。そんなこんなで君が初めてわたしの家に遊びにくること…

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3年前
45

湯気

「おろしてる方がかわいいよ」 君はわたしの苦労も知らず、せっかく結わえた髪のゴムに手をかけ、するりとほどいてしまった。 「うん、これがいい」 満足げに微笑む君の顔…

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4年前
48

君の腕に蚊が止まっている。わたしは何も言わずに横目でただ、じっと眺めた。夢中になって血を吸う"ヤツ"は、ほとんどわたしのものであろう血液を、あろうことかわたしの隣…

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4年前
36

85mm

君は少しだけため息をついたけれど、変わらずうつむいたままどこか遠くを眺めている。わたしはもう泣けなかった。予想のできる未来が、君の服の裾を掴んで離さないのが見え…

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5年前
44

水芭蕉

薄すぎる、生まれたての三日月が通り過ぎる夜だった。君は左手に水の入ったバケツ、わたしは右手に花火を持って二人で真っ暗な砂浜の上を歩く。足元には、さらさらと時間の…

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5年前
54

彩度

つらかった。君が泣いていることがただ、ただ。わたしなんて、おおよそが必要としない黄色い点字ブロックみたいな立ち位置でいい。君を助けられるなら、と手を差し出した。…

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5年前
52

触れるだけで冷たい銅食器にアイスオレ、大きな白いお皿にショコラケーキがのって出てきた。もちろんわたしが頼んだのだけれど、テーブルの上に運ばれてきたその姿は正解以…

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5年前
37

ストロー

スーパーで待ち合わせをしよう、ということになった。近所のスーパーを挟んでわたしたちの家は南北500mほどの距離にある。迎えに行ってあげる、と言われたのだけれど、なぜ…

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5年前
31

ベーコンエッグ

無音の淵から、次第に焼け焦げる音が聞こえてくる。右手は感覚を失ってしまったかのように力なく垂れ、フライ返しはまるで宙に浮いているようだった。割り入れた卵に目をや…

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5年前
26

ヨナ

光のない22分は、またわたしを闇へと吸い込んでいき、ついには吐き出してくれなくなった。広大な海の中でぽつんと浮かび、岸も見えない孤独の中でどうにかやってのけている…

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5年前
31

なんてことない4日前の部屋だった。毎日いたはずなのに、知らない部屋のように殺風景で、色も温度も感じられなかった。息が詰まるほど陽気な音とともに友達から送られてき…

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5年前
32

無香料

暖かい日差しと冷たい風のコントラストが、浮ついた気持ちへと手を引く。レースカーテンが揺れる窓から見上げる空は青一色で眩しい。少しだけ目を細めた。 眠っている彼は…

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5年前
30

水滴

1+1=2であると学校で教えられたし、それが小学生として当然の答えだった。1+1=3と黒板に書く友人は馬鹿で、答えを知っているわたしの方が優等生なんだ、と。けれど大人にな…

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5年前
42

一緒に死んでみますか

生きていることに価値を見出せないという君は、側にいてほしいと願うわたしに、一緒に死んでみますかと言った。 君の提案にわたしはあまり驚かなかったけれど、それでも側…

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5年前
42

ようかい

さっきから頭と踵がひっくり返ってしまったように目がぐるぐる回っていて、手と足は綿菓子みたいにふわふわと溶けていってしまった。逆さになった胴体だけが残った状態は、…

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5年前
26

ひとり

なんのさいのうもないんだから うしなうことなんて ひとつもおそれなくていい だれもそばにいないんだから だれかをうしなうしんぱいなんて これっぽっちもしなくていい …

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5年前
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さっき作った二人分の料理を、ぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨てた

さっき作った二人分の料理を、ぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨てた

「たこ焼きがしたい」
と君に連絡をすると、来週末仕事が休みだから俺の家のたこ焼き器持っていくね、と返ってきた。そんなこんなで君が初めてわたしの家に遊びにくることになった。お酒も飲むだろうから、お泊まりで。

君との関係はただの友達で、きっとお互いに恋愛感情はない。二人で飲みにいくことは多々あれど、必ず外で飲んでその後にお互いの家に行くこともなく、そのままバイバイする。それがわたしたちのセオリーだっ

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湯気

「おろしてる方がかわいいよ」
君はわたしの苦労も知らず、せっかく結わえた髪のゴムに手をかけ、するりとほどいてしまった。
「うん、これがいい」
満足げに微笑む君の顔を少しだけじっと見つめてから視線を外し、わたしは君に何も言わなかった。それからケージの中で走り回るハムスターに近付き、
「それなら、朝はもう十分くらい眠れたのにね」
なんて小さな声で愚痴を吐いた。

ぬるめのシャワーを頭から浴びた時、さっ

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君の腕に蚊が止まっている。わたしは何も言わずに横目でただ、じっと眺めた。夢中になって血を吸う"ヤツ"は、ほとんどわたしのものであろう血液を、あろうことかわたしの隣で自らのものにし始めた。せめて彼女が
「いただきます」
の一言さえ言えていたら、わたしの"ヤツ"に対する印象は少しでも好転していたかもしれないというのに。

君は一人の視線と腕に刺さる一本の針の感覚を一度に味わいながらも、それに気付いてい

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85mm

君は少しだけため息をついたけれど、変わらずうつむいたままどこか遠くを眺めている。わたしはもう泣けなかった。予想のできる未来が、君の服の裾を掴んで離さないのが見えたから。

電気を付けていない部屋は気付くと暗くなっている。すっかり沈んでしまった太陽のせいだ。わたしはベッドに寝転がりながら、側に腰掛けている君の服の裾をゆるく引っ張ってみる。
「ねえ」
君は頷きもしない。言葉を込めたはずの文字通りの言の

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水芭蕉

水芭蕉

薄すぎる、生まれたての三日月が通り過ぎる夜だった。君は左手に水の入ったバケツ、わたしは右手に花火を持って二人で真っ暗な砂浜の上を歩く。足元には、さらさらと時間のように流れて来たきなり色の砂が所狭しと敷き詰められている。それは、不和の中に円満を携えたような不思議な整列だった。

二人でしゃがんで、持ってきた花火の封をあける。暗くて何も見えなかったけれど、その中から適当に見繕った花火二本を片手に一本ず

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彩度

彩度

つらかった。君が泣いていることがただ、ただ。わたしなんて、おおよそが必要としない黄色い点字ブロックみたいな立ち位置でいい。君を助けられるなら、と手を差し出した。

笑っている君は、ふと気を抜くとまた泣いてしまう。自分の無力さに刺されながら、左手で君の背中に触れ、抱きしめた。百も承知なはずなのに、灰みのかかった思い出はそう簡単には消えてなくならないらしい。部屋の隅にある痼りと、大きな水塊に包まれてい

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触れるだけで冷たい銅食器にアイスオレ、大きな白いお皿にショコラケーキがのって出てきた。もちろんわたしが頼んだのだけれど、テーブルの上に運ばれてきたその姿は正解以外の何物でもなかった。残念な部分といえば、ショコラケーキのそばに王道とも呼べるあのお洒落なソースがかけられていたのだけれど、なんだかモンスターの体液みたいなみどり色だったのでそれには触れないよう、ケーキを丁寧にフォークで切って口に運んだこと

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ストロー

スーパーで待ち合わせをしよう、ということになった。近所のスーパーを挟んでわたしたちの家は南北500mほどの距離にある。迎えに行ってあげる、と言われたのだけれど、なぜかわたしがスーパーまで出向くことになった。約束は今日の21時。スーパーで何を買うでもなく、彼の後についていき、新しい家に向かった。

東京にいた頃の部屋と間取りが違っていて、家具の置き場所ももちろん変わっていた。ただ、流れる音楽とベッド

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ベーコンエッグ

無音の淵から、次第に焼け焦げる音が聞こえてくる。右手は感覚を失ってしまったかのように力なく垂れ、フライ返しはまるで宙に浮いているようだった。割り入れた卵に目をやるといつの間にか色を持つようになり、白と黄色のコントラストを保ったまま淵だけ茶色く焦げ始めていた。

火を弱め、グラスに水を注いでからキッチンの引き出しを開けてピルケースを取り出した。その中から朝の薬をプチ、プチとプラケースから押し出してプ

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ヨナ

光のない22分は、またわたしを闇へと吸い込んでいき、ついには吐き出してくれなくなった。広大な海の中でぽつんと浮かび、岸も見えない孤独の中でどうにかやってのけているような、そんな具合。こんなふうにわたしが浮いて揺れている今も誰かが探してくれているのか、はたまたこの数日間誰の頭の中にものぼらなかったのか、そんなことは知る由もない。少なくとも人間は日々分類されることを望み、自分が今日も正しく人間であるこ

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なんてことない4日前の部屋だった。毎日いたはずなのに、知らない部屋のように殺風景で、色も温度も感じられなかった。息が詰まるほど陽気な音とともに友達から送られてきた「もう春だね」という連絡に、春は嫌い、と送信して少しだけ後悔したけれど、すぐにどうでもよくなった。

寝転がったベッドも変わらずシングルサイズなのに、どうしてか狭く感じて何度か寝返りを打って大きさを確かめてみる。けれど、右にも左にも暖かさ

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無香料

暖かい日差しと冷たい風のコントラストが、浮ついた気持ちへと手を引く。レースカーテンが揺れる窓から見上げる空は青一色で眩しい。少しだけ目を細めた。

眠っている彼は無防備そのもので、つい触れたくなって手を伸ばす。顔を近づけて首にキスをしてみたけれど、傷は残さなかった。手のひらから指を一本持ち上げると簡単に動かせるのに、わたしが力を抜くと程なくして重力に吸い込まれていく。彼も例外なくそれには従順らしい

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水滴

1+1=2であると学校で教えられたし、それが小学生として当然の答えだった。1+1=3と黒板に書く友人は馬鹿で、答えを知っているわたしの方が優等生なんだ、と。けれど大人になってみた今、その2を求める時に、足したり引いたりするそんな単純作業では、到底求められない答えがあると知った。しかもそれは真剣に解いたところで必ず2になるわけではない。努力の上で求めてもいない30になったり、緻密な計算を重ねた結果、

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一緒に死んでみますか

生きていることに価値を見出せないという君は、側にいてほしいと願うわたしに、一緒に死んでみますかと言った。

君の提案にわたしはあまり驚かなかったけれど、それでも側にいられるならと二人で準備を進めた。場所や日程、方法について話し合うのだけれど、不思議と楽しくてこれから死ぬんだっていう感覚があまりにもなかった。

「ねえ、君の両親はどう思うのかな」
問いかけるわたしに、多分興味ないと思いますよと答える

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ようかい

さっきから頭と踵がひっくり返ってしまったように目がぐるぐる回っていて、手と足は綿菓子みたいにふわふわと溶けていってしまった。逆さになった胴体だけが残った状態は、気持ち悪くはないけれど、決して心地よくもない。誰かに見つかったらどうしよう、という思いだけが片足で地面に立っている。その時、花瓶に刺さった花びらが宙に浮いて行くのが見えた。ああ、そうか。あれは散ったのか。花瓶のように音を立てて割れるわけでも

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ひとり

なんのさいのうもないんだから
うしなうことなんて
ひとつもおそれなくていい

だれもそばにいないんだから
だれかをうしなうしんぱいなんて
これっぽっちもしなくていい


ひとりでよかったでしょ
あんしんできたでしょ