触れるだけで冷たい銅食器にアイスオレ、大きな白いお皿にショコラケーキがのって出てきた。もちろんわたしが頼んだのだけれど、テーブルの上に運ばれてきたその姿は正解以外の何物でもなかった。残念な部分といえば、ショコラケーキのそばに王道とも呼べるあのお洒落なソースがかけられていたのだけれど、なんだかモンスターの体液みたいなみどり色だったのでそれには触れないよう、ケーキを丁寧にフォークで切って口に運んだことだろうか。あとは銅食器に似つかわしくない、マクドナルドみたいな色をしたストローがさされていたこととか。

お皿の上に添えられたバナナから香ってくるのか、店内でバナナケーキを焼いている香りなのか、その匂いから幼稚園の時に友人が飼っていたばななという名前のゴールデンレトリバーを思い出した。わたしは人懐っこい彼がひどく好きで、あまり大切にしない友人より愛せる自信があったので、いつの日かこっそり連れて帰ろうとさえ思っていた。思えばあの頃から、根本の部分はあまり変わっていないのかもしれない。早くもうっすらと汗をかいている銅食器に爪を立てて犬の絵を描いた。ねこともたぬきともとれるようなへたくそな絵だったので、おしぼりで拭って消した。

今日はどの本をカフェに持って行こうかと考え、本棚に手を伸ばしては戻し、最後に一つの本を手に取って家を出た。家で一人の時に本を読むのはなんだか寂しくなってしまうので、こうやって本を読むと決めた日は外に出るようにしている。本を読みながらショコラケーキを三回ほど口に運んだあたりで、店員さんからお茶を出された。そんなに帰ってほしいのか、わたしはどうやら邪魔な客らしいので、気が済むまでここにいてやろうと思った。捻くれた性格はもう一生治らないのだろう。

ふいに怠くなる身体の一部をみて、一週間前の悪事のせいで、まだ出ていかない熱を引きずったまま今日まできたことに気付く。体温は36.0度なのに身体は熱っぽく、喉は腫れて頭も痛い。風邪薬と解熱鎮痛剤を毎食後に合わせて5錠も飲んでいるのに、一向に良くなる気配がない。今日も帰ったら気休めみたいに飲みこんでベッドに倒れこむのだろう。ちょっと待ってて、と言われたまま切れた電話はそのままかかってくることがなかったし、今日もわたしはそうやって黙って、不憫な自分を飲みこみ続けている。

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