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雑記

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#短編

『メジロマッチ』最終話

『メジロマッチ』最終話

“ドン!”

 スタートの合図と共に、駆けだした五人の走者。
 間野は出だしから他の走者に離され、差はグイグイと広がった。
 観覧席からは声援に混じって笑い声が聞こえてきたが、私たちはもう、そんなこと気にならなかった。

 間野から根岸にバトンが渡った時には、前との差は目標より大きく、二十五メートルは離れていた。他のクラスはどこも、一番速い者が第一走者だったので、練習の時よりさらに差がついたのは仕

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『メジロマッチ』⑪

『メジロマッチ』⑪

 入場門の裏で間野は、汗をたらしながら“フーッフーッ”と荒い呼吸をしていた。

 私たちは心配になって間野を囲んだ。

「大丈夫やで、間野ちゃん」

「緊張せんでええからな」

「二十メートルや、トップから二十メートル以内に戻ってきたらなんとかなるさかい」

 私たちの言葉に間野は“ウン、ウン”と強く頷いた。よく見ると眼が血走っていた。

 緊張しているのかと思っていたが、どうやら違って、間野は気

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『メジロマッチ』⑩

『メジロマッチ』⑩

 運動会の当日になって、私たちはリレーの順番を変えたいと先生に申しでた。

 どうしても最後の五メートルが埋められなかった。それで、大きなリードを作っときながら、アンカーでゴボウ抜きにされてしまう光景よりは、後半に速い者をもってきて差を詰めるほうが、いくらかマシだろうと子供ながらに考えたのだ。

 岡田先生は、あっさりと、「お前らの好きなようにしたらええ」とOKしてくれて、それどころか、他の先生に

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『メジロマッチ』⑨

『メジロマッチ』⑨

「ムカつくわ、的場のババア」
 帰り道、悪態をつく町田を私はなだめた。
「まあ、ええやん、岡田先生は分かってくれたんやし」
「そうやけど」

「でもなんで、馬はあんなに速く走れるんやろう」
 不意に間野が、子供らしい単純な疑問を口にした。

「そら決まってるやん! アイツらは生まれつき・・・・・・」
 そこまで言って、町田は言葉を切った。

「・・・・・・生まれつき速く走れるわけやないんやで! 二

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『メジロマッチ』⑧

『メジロマッチ』⑧

「違うねん! オレら間野ちゃんのことイジメてたわけやないで」
 町田が説明しようとしたが、的場先生は聞く耳を持たなかった。

「なに言うてんの! この子『やめて! やめて! 僕馬やあらへんで!』言いながら泣いてたやないの!」

「・・・・・・違うねん、先生、ボクイジメられてたわけやのうて、なんて言うか・・・・・・」
 間野がなんとか誤解を解こうとしたが、的場先生の圧に押されてしまい、怖じ気づいて言

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『メジロマッチ』⑦

『メジロマッチ』⑦

 その日の放課後、私たちは高井と根岸にも、「一緒に練習せんかぁ?」と声をかけた。間野だけでなく全体のレベルを上げれば、なんとかなるかもしれないと考えたのだ。

 しかし根岸には、
「あかん、放課後は塾があるもん」
 と断られた。

「ネギちゃん毎日忙しいもんなぁ」という町田に、
「ほんま、ゴメンな」と謝る根岸の姿があまりにも、すまなさそうだったので、なんだか私たちのほうが申し訳ない気持ちになった。

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『メジロマッチ』⑥ 

『メジロマッチ』⑥ 

 間野のトレーニングは毎日続いた。途中からは放課後だけでなく、学校に早めに行って朝もトレーニングしていたが、私は「朝起きられない」という
短所を発揮して、そっちは一度も付き合ったことがなかった。

 その代わり、放課後の練習は毎日いっしょにした。間野のためでなく、私も町田もやはり勝ちたかったのだ。

 花子は毎日学校に残っていて、ぼんやりと私たちの練習を眺めていた。仲が良いわけでもなく、なにか会話

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『メジロマッチ』⑤

『メジロマッチ』⑤

前回までのお話 ① ② ③ ④

「ほら! もっと足上げて! とにかく思いっきり地面をけって前に進むんや!」
 放課後の校庭で町田が間野の横を併走しながらゲキを飛ばした。
 間野は見ているこっちが心配になるぐらい苦しそうだが、言われるまま頑張って何度も走った。

 そろそろ練習も終わりにしようかという頃、
「おーい、お前らがんばっとるなー!」
 と担任の岡田先生が私たちの姿をみつけて声をかけてきた

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『メジロマッチ』④

『メジロマッチ』④

前回までのお話 ① ② ③

 それまでどこかに、「町田がいれば大丈夫」間野というハンデがあっても勝負できるだろうという楽観的な空気がクラスにはあった。それがこの時に一掃されてしまった。

 この授業のあと、誰もリレーのことを口にしなかった。それは、この種目を捨ててしまったということだった。六年生の運動会は見せ場がいっぱいで、リレー以外にも花形と呼べるような種目が残っていた。それに、まだ個別の徒競

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『メジロマッチ』③

『メジロマッチ』③

前回までのお話 ① ②

「太郎、手を上げろ」ひそめた声が飛んできて、見ると町田と目が合った。私はハッと我に返ったようになり、急いで手を上げた。

 続いて町田は高井という、これも足が速かった男子に声を掛けた。それで高井も私と同じように手を上げた。

 町田は教室を見渡しながら、「誰か、誰か手を上げろ」とささやいた。彼は立候補者を五人以上にして間野を振るい落とすつもりだった。
 しかし、高井のあと

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『メジロマッチ』②

『メジロマッチ』②

前回のお話 ①



 小学校の卒業文集に自己紹介のページがあって、そこに自身の長所と短所を書き込む欄があった。私は長所に、「足が速い」とだけ書き、対照的に短所には、「九九が言えない」「朝起きられない」「急いで喋ろうとするとどもる」「字がきたない」などとビッシリと書き込んだ。

 唯一の長所である足の速さでも、同じクラスにどうしたって敵わない相手がひとりいた。それが町田だった。彼の速さは尋常では

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『メジロマッチ』①

『メジロマッチ』①

 生き方を知らなくて、ずいぶんと長くフリーターをやった。いろんな職場を転々として気づいたのが、どこにも必ず、ギャンブル狂といえる人物がいること。彼らは総じて人が良かった。やる気がないように見えて実はよく働くというタイプが多く、職場の博打好きは大体、ダメなヤツの雰囲気を出しながらも、人に好かれていた。

 私が二十代後半の時に働いていた映画館では、堀田という社員が、そんな役どころだった。
 私は映写

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男子高校生と夏の午後

男子高校生と夏の午後

「いいともを滅茶苦茶にしよう」

 タモリに恨みはないが、そういうことになった。

 一九九六年。大輔と岬、健一郎の三人は高校生活最後の夏休みに、なにか大きいことをやってやろうと計画した。事の発端は三人が通う学校の野球部が甲子園に出場したことだった。坊主頭の同級生が突然、街の英雄になったことに感化されて、じっとしていられない気分になった。しかし、運動も勉強も人並み以上には出来ず、バンドも組んでいな

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夏休み特別企画 よい子の ひと昔ばなし 「七人同行」

夏休み特別企画 よい子の ひと昔ばなし 「七人同行」

 一五年前にブログをやっていた。初めは何となくその日の出来事を綴っていたが、ある日、友達と有名な心霊スポットに行ったことを記事にすると、アクセス数が急に伸びた。それに味をしめて、以降は心霊関係のことを書くことが多くなった。

 心霊スポットに行って、写真を撮って記事にする。それを繰り返している内に、近場ではネタが無くなり、遠征することを考えた。真っ先に思いついたのは青木ヶ原樹海だった。元々興味があ

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