見出し画像

『メジロマッチ』②

前回のお話 

 小学校の卒業文集に自己紹介のページがあって、そこに自身の長所と短所を書き込む欄があった。私は長所に、「足が速い」とだけ書き、対照的に短所には、「九九が言えない」「朝起きられない」「急いで喋ろうとするとどもる」「字がきたない」などとビッシリと書き込んだ。

 唯一の長所である足の速さでも、同じクラスにどうしたって敵わない相手がひとりいた。それが町田だった。彼の速さは尋常ではなく、私が学年で一、二を争うレベルだとすれば、町田は西日本で一、二というレベルだった。

 身体が小さく、背の順で並べば常に一番前だったが、短い歩幅を補って余りあるスピードで足を動かし、五十メートル走で、並の子なら二十メートル離されてもおかしくなかった。

 彼は近所のリトルリーグに入っていて、一度プレーする姿を見たことがある。家が裕福ではなくて、専用のスパイクを買ってもらえない町田は、普段学校へ来るときと同じスニーカーを履いていたが、そんなこと意に介さず活躍していた姿を覚えている。足が速いだけでなく、運動神経全般がかなり良かったのだろう。


 小学校六年生の、まだ秋というには少し速いような時期に、運動会で行われる、クラス対抗リレーのメンバーを決めることになった。

 他のクラスが五十メートル走のタイムが速い子を男女別に上から五人ずつ選出するのに対して、私のクラスはなぜか立候補式だった。六時間目のあとの、『終りの会』で、先生が、

「五人以上いた場合は体育の時間に一発勝負をやって決めます」と説明したあとに、

「走りたい人いますかー?」と立候補者を募った。

 スッと手をあげたのは町田ひとりで、あとは思春期に突入しかけた子どもたちの、照れたような焦れったい空気が流れた。私は走りたかったが、その雰囲気に飲まれて、タイミングを探っていた。

 先生の困ったような顔を見てか、そのうちに根岸という学級員が手を上げた。運動が得意なタイプでも目立ちたがり屋でもなかったが、彼がその責任感から立候補することは納得できた。

 しかし、それにつられるように、根岸の隣りに座っていた間野という男子生徒が手を上げると、クラスに衝撃が走った。なぜなら間野は百貫デブだったからだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?