『メジロマッチ』④
前回までのお話 ① ② ③
それまでどこかに、「町田がいれば大丈夫」間野というハンデがあっても勝負できるだろうという楽観的な空気がクラスにはあった。それがこの時に一掃されてしまった。
この授業のあと、誰もリレーのことを口にしなかった。それは、この種目を捨ててしまったということだった。六年生の運動会は見せ場がいっぱいで、リレー以外にも花形と呼べるような種目が残っていた。それに、まだ個別の徒競走があった。気持ちはすでにそっちへ向いていた。
しかし、一人だけあきらめていないヤツがいて、それが町田でも私でもなく、間野だった。
その日の放課後、間野は町田と私を捕まえて、切実な表情で言った。
「なぁ、太郎ちゃん、マッチ、お願いがあるんやけど。どうやったら速く走れるんか教えてや」
私と町田は顔を見合わせた。
「……そやなぁ」
町田は頭をかきながら考えていた。走り方を教えてくれと言われても、意識して速く走れるようになった訳ではなく、具体的に説明できない。
「とにかく思いっきり走ったらエェねん」
町田が言うと間野は、
「それやったら、もうやってるがなッ」
と言った。たしかに間野は誰よりも思いっきり走っていた。
「あれやな、間野ちゃんは、もうちょっと痩せなあかんのとちゃうか」
町田の遠慮の無い言葉に、間野は、
「そやけど、痩せる言うたかって、運動会までもう三週間しかないねんで、今からダイエットしても限界があるわ。――それに僕、太ってるいうたかって、別にみんなよりゴハンいっぱい食べるわけやないんやで、もともとこういう体型なんや」
と情けない声をだした。たしかに間野は人より食べる量が多いわけではなかった。同じクラスになったばかりの時に、「こんなに太っているのだから、さぞかしいっぱい食べるんだろうな」と期待して、彼が給食を食べる様子を盗み見てガッカリした記憶がある。
町田が生まれつきチビで、私がやせっぽっちなのと一緒で、間野は元々こういう体型に生まれたのだ。
「そもそも間野ちゃん、何で急にリレーなんか出ようと思ったんや」町田の質問に、
「別にリレー出ようと思ってたわけやないねん。ただネギちゃんが手上げたさかい、ボクもつい上げてしもうたんや」と間野は答え、
「おまえ、アホか!」と突っ込まれた。
間野と根岸は普段から仲がよかった。いま考えると、学級員の根岸と、どんくさい間野のコンビは絵になった。
「みっともないの嫌やねん! 運動会いうたら、お母さんもお父さんも来るし、弟かって同じ学校におんねんから、そこであんな姿みせられへん! ――それに今日かってクラスのみんなのことションボリさせてもうて・・・・・・」
下を向く間野に、町田は、
「それやったら今から一緒に練習してみるか! どんだけ効果あるか分からんけど、なんもやらんよりはマシやろう!」
と声を掛けた。
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