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『メジロマッチ』①

 生き方を知らなくて、ずいぶんと長くフリーターをやった。いろんな職場を転々として気づいたのが、どこにも必ず、ギャンブル狂といえる人物がいること。彼らは総じて人が良かった。やる気がないように見えて実はよく働くというタイプが多く、職場の博打好きは大体、ダメなヤツの雰囲気を出しながらも、人に好かれていた。

 私が二十代後半の時に働いていた映画館では、堀田という社員が、そんな役どころだった。
 私は映写技師なんていう大層な肩書きだが、実際やることといえば、「機械が動いて、止まるのを見守るだけ」のバイトとして週五か週六働いていた。
 映画館の仕事は楽だが、給料は安く、つまらないので、いつの間にか幽霊化して、滅多にシフトに入らないようなヤツが多かった。それで、大体いつでも居る私は、入って半年もしないうちに、映写技師用のタイムスケジュールを作る仕事を任されるようになった。そのときにエクセルの使い方と、インターネットの観覧履歴の消し方を教えてくれたのが堀田だった。


 梅雨に入るか入らないか、まあそんなような時期だったが、その日は晴れていた。
 午前中に私が事務所のパソコンを使い作業しているデスクの向かいで、堀田が真剣な顔でスポーツ新聞を眺めていた。どうやら競馬の予想をしているようで、一面には、「宝塚記念」の文字が踊っていた。

 しばらくして、奥に座っている支配人が、「堀田君」と口を開いたときには、注意するのかと思ったが、彼は続けて、「私にもその新聞、見せてくれたまえ」と言った。
 堀田は黙って部長に新聞を渡した。頭の中で形になりそうなものが、余計なことを喋って口から逃げていかないようにしている風だった。
 部長は軽くうなずいて新聞を受けとり、私は二人のやりとりにニヤケた。
 口を開いたのは春に入った新入社員で、

「ちょっと、部長まで一緒になにやってるんですか」とぼやきのようなことを言った。

 部長は新卒の言葉を無視したのかと思ったが、ひと通り新聞に目をやったあと、

「今日は宝塚記念だから特別だよ――君ら若いもんもスロットばかりやってないで、たまにはこういうちゃんとしたギャンブルをやらんといかんぞ」とワケの分からないことを言いながら、新聞を新卒に渡した。
 新卒はふて腐れたような顔をしながら新聞を私に流した。

 競馬はやらなかったが、今している作業よりは面白いだろうと、私は回ってきた新聞を眺め、そこに知っている名前を見つけた。

 彼であって欲しいという思いから、同姓同名の別人という可能性を捨てるために、名前以外の情報もないかと念入りに新聞を読んだ。
 私が熱心に新聞を見ているものだから、新卒は“やれやれ、この人も”と呆れた顔をしたが、部長は嬉しそうに、「どれか気になる馬は見つけたか」と声を掛けてきた。

 私が、「この八番の馬の――」と言いかけると、部長と堀田が失笑した。
『六枠八番アイアムライオン』鞍上は『町田孝平』年齢は当時の私と同じ、二十七だった。

「見た目は馬、名前はライオン。この面子の中に入れば脚力はロバみたいなもんだ」と堀田が言った。それで、町田孝平は、「今回も不利な競争にのぞむのか」と、私は思った。


〈つづく〉

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