『メジロマッチ』⑨
「ムカつくわ、的場のババア」
帰り道、悪態をつく町田を私はなだめた。
「まあ、ええやん、岡田先生は分かってくれたんやし」
「そうやけど」
「でもなんで、馬はあんなに速く走れるんやろう」
不意に間野が、子供らしい単純な疑問を口にした。
「そら決まってるやん! アイツらは生まれつき・・・・・・」
そこまで言って、町田は言葉を切った。
「・・・・・・生まれつき速く走れるわけやないんやで! 二歳の時から、栗東やら美浦やらいう調教所で毎日トレーニングしてんねんから」
「うぇーッ、二歳から毎日。やっぱり大変やねんなぁ。ボクも毎日練習したら、はよう走れるようになるんかな」
「そら、なれるわ。でも、運動会に間に合うかどうかは分からへんけどな」
「そんなんアカンやん、運動会に間に合わんかったら意味ないで」
「でも、中学校上がっても体育はあんねんで」
「・・・・・・」
そこで間野は少し寂しそうになってしまった。
「・・・・・・ネギちゃん、中学校は私立行くんやってな」
「そうらしいな。ネギちゃん頭ええもんな。北中に行くような器やないで」
「・・・・・・」
「なんや、間野ちゃん寂しいんか?」
「うん」間野は素直に答えた。
「そやな、おまえら仲ええもんなぁ」
「そやねん、小学校入ってからずっと一緒やったのに・・・・・・」
「そんな、メソメソすんなや! 中学校別々でも、家は近所なんやし、それに北中行ってもオレらはおるやないか」
町田が間野の背をポンと叩いた。
「そやな、中学校上がっても、ボクはマッチや太郎ちゃんおるけど、ネギちゃんは知らん人ばっかりのなか放り込まれるんやもんな。それ考えたら、ボクよりネギちゃんの方がだいぶ寂しいやろな」
間野は、つとめて明るい声を作った。
「おーい! おまえらー! 待ってんかー!!」
私たちの後ろから、声が追いかけてきたので振り返ると、うわさのネギちゃんが体操服姿でこっちに駆けてくる。律儀に赤白帽まで被っていた。
「なんやお前ら、もう練習終わったんか? 大したことないなぁ」
根岸は私たちに追いつくと、息を切らしながら言った。
「ちゃうねん、事情があって、いつもより早めに辞めてしもうたんや。それよりネギちゃん、そんな格好してどないしたんや、塾は?」
「お前らのために、塾終わってから急いできたんやないか。それやのにお前らはもう帰るんかっ」
「よし、それじゃあ今から泉尾公園で練習やりなおしや!」
そう言うと、町田が元気よく走り出したので、私たちはそのあとを追いかけた。
「ちょっと、まってや! なにも走っていくことないやろ!」
なさけない声をだす間野に、町田は後ろ向きに走りながら、
「これも練習のうちや! 花子に負けたらしょうちせぇへんで!! またお尻ペンペンザマス!」
とハッパをかけた。
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