『メジロマッチ』⑦
その日の放課後、私たちは高井と根岸にも、「一緒に練習せんかぁ?」と声をかけた。間野だけでなく全体のレベルを上げれば、なんとかなるかもしれないと考えたのだ。
しかし根岸には、
「あかん、放課後は塾があるもん」
と断られた。
「ネギちゃん毎日忙しいもんなぁ」という町田に、
「ほんま、ゴメンな」と謝る根岸の姿があまりにも、すまなさそうだったので、なんだか私たちのほうが申し訳ない気持ちになった。
しょうがなく、根岸抜きで練習していると、その日はちょっとした発見があった。
へばってきてスピードの落ちた間野の尻を、町田が“ピシッ”と叩くと、面白いことに間野のスピードが一瞬速くなった。
「ほれ! もっと頑張るんや、メジロパーマーみたいに走るんや!」
調子に乗って町田はさらに間野の尻を叩いた。彼はこの頃から競馬が好きで、中でも一番のお気に入りは、その年の宝塚記念を勝ったメジロパーマーだった。
休みの日に父親に連れられて、阪神競馬場まで行った町田は、生でメジロパーマーが勝つ姿を見たのだ。
おまけに人気薄だったパーマーの馬券を父親が買っていて、その日は家族で外食し、新しい服を買って、散髪までしたんだと自慢げに話していた。
野球をやっている子が野球選手に、サッカーをやっている子がサッカー選手に憧れるのと同じで、足の速い町田はサラブレッドに憧れていて、「メジロパーマーみたいになりたい」と口にしていた。
「そうや! その調子や、もっと速く!」
町田が間野の尻を“ピシッ”“ピシッ”と叩くたびに、叩かれた瞬間だけ間野のスピードが上がった。
「もう、ちょっと、マッチやめてや、僕は馬やあらへんで!」間野は、笑いながらそう言った。
そこへ、
「こら! あんたら何やってんの!」
と金切り声が飛んできた。
見ると、一組の担任の的場という先生が肩をいからせながら、こっちに向かって歩いて来ていた。
「あんたら、アカンやないの! いくら、この子がリレーの足引っぱるからって、そんな事したらイジメやで!」
的場先生は目に涙を溜めながらまくしたてた。
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