無病=6猫守り!がん封じ筆頭「平等寺 (因幡堂 / 因幡薬師)」日本三如来は京都と鳥取繋がり【烏丸四条五条シリーズ】
がん封じ筆頭!「因幡」は鳥取・白兎神社繫がり?洛中(平安京内)での寺院建立が許されていなかったにもかかわらず、因幡堂は建立された謎とは?
変更履歴
2023/10/10 秘仏写真&動画追加(https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20231007/2000078514.html)
2023/07/22 TV京都浪漫反映
2023/04/22 秘仏公開!参拝したので更新「2023/04/23」で検索
2023/03/04 初版
▼HP
▼アクセス
京都府京都市下京区因幡堂町728
▼祭神・本尊と脇時
※後述「▼見どころ」参照
▼見どころ
仁明天皇の皇后・藤原順子が天皇の崩御後に移り住んだ東五条院があった場所
959年、因幡堂延喜によれば、橘行平は村上天皇の命で因幡国(現鳥取県)の一宮に赴く
997年、因幡(現在の鳥取県の白兎神社あたり)の国司・橘行平は京都へ戻る途中急病に襲われた
闘病中、夢の中に現れた僧から「因幡賀留津の海中に衆生を救う浮木がある」というお告げを聞き、当地へ向かう
探し当てた浮木は薬師如来の形をしており、行平がお堂を建立したところ病気が治ったとか
1003年、無事京都へ戻った行平が再び夢の中でお告げを聞いた翌日、因幡の沖に祀ってあるはずの薬師如来が屋敷の西門前に立っていた
行平は屋敷を改造してお堂を作り、薬師如来像を安置して「因幡堂」と名付けました。
この像を祀る持仏堂を建立したのが因幡堂である
薬師如来は藤原時代の作とされ、京都・清凉寺の釈迦如来、長野・善光寺の阿弥陀如来と共に「日本三如来」に数えられる
1171年、高倉天皇より「平等寺」という寺名を下賜される
ただし、人々の愛着は変わらず「因幡堂」という名が残っている
1864年、起きた蛤御門の変で焼失後、本堂は1882年から再建に着手され、1886年に他の堂宇も含めて完成
癌が不治の病と考えられていた時代、最後の祈りをこの薬師如来に捧げる人が絶えなかったことから現在も「がん封じ祈願」の参拝者が多い
お堂内部は撮影不可
本尊の薬師如来像、清凉寺式釈迦如来立像、如意輪観音坐像は収蔵庫に安置され、共に非公開で国の重要文化財
狂言演目「因幡堂」「鬼瓦」の舞台にもなっており、。かつて因幡堂の境内では歌舞伎や狂言が演じられた
毎月、8日には癌封じ祈願と「手作り市」がある
60日に一度、甲子の日限定の三面大黒天が御開帳
無病=六匹の猫の「六猫」=「六猫のお守り」
2022年2月22日に猫の日は即完売したそうな
京都十二薬師霊場や、京都十三佛霊場、洛陽三十三観音霊場の札所
本堂は1886年の再建で、座布団風味頭巾を頭に乗せた「本尊薬師如来@重文」は幾度もの火災も免れ堂内に安置されている。日本三如来の一つで、毎月8日の10:30より薬師護摩祈祷が行われて、同日に手作り市を開催される。
60日に一度、甲子の日限定の三面大黒天が御開帳!!詳細は後述です!2022年に行っています!
薬師如来立像@重文&日光・月光菩薩&十二神将のチーム薬師、清凉寺式釈迦如来像@重文、如意輪観音坐像@重文、不動明王像、三面大黒天と仏像も見どころ。
→本堂 2023/04/22追加
そうそう、六角堂と雰囲気が似ているな~と思いますね。六角堂は聖徳太子で、ここは橘氏ですかね。
本尊は「薬師如来@重文」、本殿手前にある礼拝場所から右を見ると「弘法大師像」「地蔵菩薩像」が安置され、左には「毘沙門天立像」「大黒天坐像」「弁財天坐像」を安置している。大黒天は写真だけで、決まった時高安置される。
→宝物館(2023年本尊特別開扉) 2023/04/22追加
本尊「薬師如来立像@重文」ですね。右に「如意輪観音@重文」と左に「清凉寺式釈迦如来立像@重文」が安置されていた。小さな宝物館(収蔵庫)だが、存在感バツグンの薬師如来は数が少ない立像ですね。薬師如来は奈良の時から坐像が多く、立像になると京都で言えば、神護寺、広隆寺などレアですよね。
そして私も妻も見入ったのが「如意輪観音」ですね。元々、大報恩寺こと千本釈迦堂の変化六観音で如意輪推しの妻が良かったと言っていた。私の感想は、奈良飛鳥の橘寺の如意輪を思い出した。
清凉寺式釈迦如来は少し小さめですね。清凉寺釈迦如来は全国津々浦々に安置しており、すごい広がりを見せている。神社で言えば八幡社だろうか。数は多いが品質もバラバラでもある。やっぱ清凉寺と西大寺でしょうかね。
最後に、釈迦如来立像は像高76.7cmで、1213年の作、如意輪観音坐像は像高81.2cmで、鎌倉時代の作とされている。
→観音堂 2023/04/22追加
洛陽三十三所観音霊場の第27番札所。
中央には十一面観音坐像が2体だと思われる。右から弘法大師坐像、如意輪観音坐像、中尊、不動明王、神変大菩薩なので行基になるかと。しかし、寺に如意輪が最低3体存在するのは珍しい認識である。
二尊形式の十一面観音は北野天満宮から東寺を経て平等寺に来られたそうな。。。興味深いですね。
→「歓喜天」「和娯地蔵尊」「十九所権現」 2023/04/22追加
歓喜天の横は「和誤地蔵尊」となっている。
「十九所権現」は二十二社制の神社を中心に神仏習合の形を残している。つまりは京都を代表する神社の祭神たちを集めている。二十二社と見比べるのも面白い??
天照大神なので「伊勢神宮」、八幡なので「石清水八幡宮」、春日なので「春日大社」、賀茂なので「下鴨神社」「上賀茂神社」、祇園なので「八坂神社」、愛宕権現なので「愛宕神社」、松尾なので「松尾大社」、熊野なので後白河法皇の大好きな「熊野三山」だろう、北野は「北野天満宮」、山王なので「日吉大社」、住吉なので「住吉大社」とここまでは完璧だろうが、次からは合っているのかな・・。
摩利支天は「建仁寺」かな・・、妙音は妙見さんで良いと思うがどこだろうか・・、弁天、白鬚は滋賀の高島にある「白鬚神社」、多賀は「多賀大社」、平野は皇族所縁の「平野神社」、御霊は「上御霊神社」「下御霊神社」かな、でラストの蛭子(一童御前)とあるので「西宮神社」でよいのかな。。。
ということで、私のNOTEをペタペタ貼っておきます。
白鬚は滋賀の高島にある「白鬚神社」
もう少し細かく説明をする。
この寺は、後白河法皇の信仰が篤く、法皇が住職に平等寺の鎮守はいかなる神かをたずねたところ、「武内宿禰(タケノウチノスクネ)」と答えると、法皇は「生身の如来護衛の神には武内宿禰だけでは力不足」と言い、十八所の神々を勧請した。さらにある人の夢枕に西宮夷の嫡子である一童御前が立ち、我もここの擁護の神に入るとおっしゃたそうな。そのことを住職が法皇に告げたところ許可されたので、その後、十九所の神々が鎮守になり、十九所となったとさ。
では本来は、やはり鳥取起因がこの寺で、タケノウチノスクネと言えば「宇倍神社」ですね。
次に閻魔天石仏が安置されている。密教では除病、息災、延寿を祈り、本尊である薬師如来とともに、健康と長寿を司られている。
→本堂右
▽2022年1月6日「60日に一度、甲子の日限定の三面大黒天が御開帳」
▼オマケ
→狂言:京都能楽ゆかりの地 (2023/07/22追加)
因幡堂、鬼瓦、武士五、六地蔵、金津と多くの題材になった寺でもある。そのうち「因幡堂」が面白い能なんだそうな。本尊薬師如来の話から来ている能である。
狂言は、わからないので他力本願です。
▼旅行記
▼セットで行くところ
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