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祭り紹介&八咫烏「下鴨神社(賀茂御祖神社)」増える摂社・末社制覇!【京都】

紀元前658年には神様を祀っていたと『日本書紀』に記されている。平安遷都した桓武天皇は秦氏と賀茂氏に許可を得て遷都したとか!?古都・京都の二大豪族である賀茂氏(加茂氏)の神社。葵祭は賀茂氏のお祭りである。参道は多くの木々に守られ「糺の森」と言われている。最後に秦氏の氏社でも糺の森があり、元はそちらのそうな。


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2022年7月28日
2022年7月28日 神社DX?貴船神社などもデジタル看板ありますね・・。

  下鴨神社と併せて行くべきところはここ!

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2024年1月2日
2024年1月2日
2024年1月2日
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2023年1月2日
拝殿・本殿での初詣祈祷は2024年が最後!(2023年末に下鴨産より郵送)

変更履歴

  • 2023/01/02 初詣(更新部分は「2024年1月2日」」)

  • 2023/01/02 初詣(更新部分は「2023年1月2日」」)

  • 2022/07/28 みたらし祭2022追加。摂社・末社更新(更新部分は「2022年7月28日」)

  • 2022/06/04   プチ修正

  • 2022/04/21 写真増量。お正月、みたらし祭を年ごとに分けた

  • 2022/01/03 初詣に行ったので、写真増量

  • 2021/08/23 写真追加。「▼祭り:歩射祭事」「▽境内風景」

  •       「▽楼門」「▼写真:下鴨神社パワースイーツ!?」

  •       など追加

  • 2021/08/01 初版


 HP

祭神

西殿-賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと) 
東殿-玉依媛命(たまよりひめのみこと)

 山城国『風土記』などに、玉依媛命が鴨川で禊をされているときに、上流より流れ来た丹塗の矢を拾われて床におかれたところ、矢は美しい男神になられ、結婚して賀茂建角身命をお生みになった。  

▼見どころ

  • 『日本書紀』には紀元前658年には神様を祀っていたとに記されている

  • 紀元前90年に神社の瑞垣の修造が行われたという記録がある

  • 698年の『続日本紀』には、葵祭に大勢の見物人が来るので警備せよという命令が出たと記されている

  • 奈良時代から朝廷から崇敬を受け『源氏物語』や『枕草子』の舞台として登場

  • 平安京遷都前には、都がなかなか定まらず厄災が続き、都の造営前には下鴨神社で祈願が行われた

  • 平安京は、1000年近く京都に在り続け、国と京都の守り神・皇室の氏神として特別な信仰を受けるようになった

  • 1994年には世界遺産の一つに登録

  • 祭神は東御本殿が「玉依媛命(タマヨリヒメ)」、西御本殿が「賀茂建角身命(カモタケツヌミ)』で、賀茂建角身命は玉依媛命の父である

  • 賀茂建角身命は、もともとは神武天皇が熊野から京に入る際に先導を務め、その後、京都を開かれた神といわれ、天皇家の守護としての役割を持つ

  • 山城国風土記や古事記には、タマヨリヒメが鴨川で禊をされているときに、上流より流れ来た丹塗の矢を拾われて床におかれたところ、矢は美しい男神になり結婚

  • 古事記・日本書紀には、賀茂建角身命を「金鵄八咫烏(キンシヤタカラス)」として功績が伝えられている

  • 拝殿・本殿の前には「言社(ことしゃ)」という7社があり、オオクニヌシを祀る

  • 三井神社は、下鴨神社の原型をあらわしている重要な神社で実は一番古い

  • 比良木神社の社殿は、下鴨神社の本殿だったものが1629年の式年遷宮で移築されたもの

参道側から紹介。

河合神社、任部社(とうべ)、貴布禰神社、六社

 下鴨神社の摂社として古くより祀られ、女性守護としての信仰を集める社。祭神には神武天皇の母・玉依姫命を祀り、玉依姫命は玉の様に美しい事から美麗の神としての信仰も深い。

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2022年7月28日

 拝殿右にありますね。この石を手で触り、その触った手で顔をスリスリすれば、白く美しい肌が得られ、美人になるといわれている。美麗祈願に訪れた方人気の霊石です。

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2022年7月28日

 三大随筆の一人である「鴨長明」はこの神社の禰宜の息子として幼少時代を過ごした。長明が晩年過ごしたと言われる建物を再現した「方丈の庵」が展示されている。

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2021年から場所移転しています
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2021年から場所移転しています

↓2022年7月28日---------------------------------------
「方丈の庵」がなくなっている~!!!!!と思ったが、移設中でした。移設場所は後ほど紹介します。

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2022年7月28日

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 任部社はヤタガラスを祀っていることから、サッカーボールが奉納されたりしている。

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2022年7月28日

貴布禰神社です。河合社・本殿の左にある社で、祭神のタカオカミで水の神であり竜神。漢字は違うが所謂、貴船系の神社。川の水を守っているのかも。

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2022年7月28日

河合神社:六社(ムツノヤシロ)合祀殿です。河合社境内左に建つ6社合祀殿。江戸時代の式年遷宮のとき各社が一棟となったようで、祭神は次の通り

○諏訪社:祭神は「建御名方神(タケミナカタ)」で、オオクニヌシの次男坊で諏訪大社が本宮。
○衢 社(ミチ):祭神は「八衢毘古神(ヤチマタヒコ)」・「八衢比売神」で道・道の分岐点の守護神。導きの神といえば「サルタヒコ」だが、たまにこの神様に出会う。
○稲荷社:祭神は稲荷系の「宇迦之御魂神(ウカノミタマ)」で、稲荷の神
○竈社:祭神は「奥津日子神(オクツヒコ)」・「奥津比売神」。
○印社:不明。印鑑の神格化?
○由木社:祭神は「少彦名神(スクナヒコ)」で、オオクニヌシの右腕で、農耕・医療の神。

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2023年1月2日
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▽河合神社:三井社

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 気づいた・・下鴨神社の通常非公開にもこの社あるな。本殿左にある正月など特別日のみ見られますが、河合神社はいつでも参拝可能。

2022年7月28日
2023年1月2日

▽参道:相生社(あいおいのやしろ)

2015年みたらし祭

祭神は宇宙の生成力を神格化したといわれる「産霊神(むすびのかみ)」とのことから高皇産霊神(たかみむすび)・神皇産霊神(かみむすび)から「結ぶ」で「ご縁」で女性陣に人気?
この横に様々なお守りを売っている店がある。

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2024年1月2日
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2024年1月2日
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2024年1月2日

▽参道、古代祭祀場

古代祭祀場

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では境内へ!

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2023年1月2日

▽楼門

楼門@重文には菊の紋があるのは皇室の守り神であるから。

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2020年正月
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2019年正月
2023年1月2日
2020年正月
2024年1月2日
2024年1月2日
2018年みたらし祭
2015年or2016年みたらし祭
2017年みたらし祭
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みたらし祭

 楼門内側から

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2024年1月2日

▽境内風景:舞殿

楼門をくぐると

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2023年1月2日
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201X年みたらし祭
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201X年みたらし祭
2018年みたらし祭
2018年みたらし祭
2015年or2016年みたらし祭
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2024年1月2日
2015年みたらし祭

▽出雲井於神社(いずもいのへ)・岩本社・橋本社

 1629年の式年遷宮のときに本殿が移築されたもので、最も古い社殿(1561年)で祭神はスサノオ。ちなみに岩本社と橋本社含めて社殿は重文である。岩本社と橋本社については、上賀茂神社にも境内末社として祀られている。

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▽拝殿・本殿・葵殿・言社

 西本殿には賀茂建角身命、東本殿には玉依媛命が祀られている。松尾大社のオオヤマグイと玉依媛命の子供が上賀茂神社の祭神となる。本殿は正直見えないのだが、祈祷を受けると見れますし、毎年7から9月の「本殿・大炊殿特別公開(別途拝観料必要)」で見れる。
 ちなみに河合神社の玉依姫命は神武天皇の母で、貴船神社の奥宮にも、神武天皇の母「玉依姫命」が祀られ、貴船神社は上賀茂神社の拙者だった時期がある。

 拝殿周辺には、干支ごとに7つに分かれている社がある。

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 祭神は出雲大社のオオクニヌシの別名である神様たち。境内にはスサノオもおり、加茂族は出雲系?と思ったりしてしまう。最後に社殿は全部、重要文化財。

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▽唐門、三井神社

普段は以下の写真の通り、唐門外から見るしかないが正月だと中に入れる。下鴨神社よりも創建が古く、もともとは上賀茂神社の摂社であったが、朝廷の政策により独立して、その後の下鴨神社の基礎となったとも言われている。

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 拝殿左に行くと唐門、三井神社などがある。常時公開はしていない認識で、お正月などは公開されているので参拝時は要注意!

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2024年1月2日

↑下鴨神社の三井社と↓河合神社の三井社の由緒比べ

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2023年1月2日

 玉依媛命の父・賀茂建角身命と母・伊賀古夜日賣命の親子3社となる。上賀茂神社の御祭神からすれば、賀茂建角身命と伊賀古夜日賣命は祖母ですね。タマヨリヒメは母で、父はオオヤマグイと言われている。つまり、秦氏の氏社・松尾大社ですね。

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2018年正月

 この3社の雰囲気が大好きですね。

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2018年正月
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 三井神社は、『山城国風土記』の鴨社の条に「蓼倉里三身社」(たでくらのさと)とある社。
 賀茂建角身命(中社)
 伊賀古夜媛命(東社)
 玉依媛命(西社)

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2022年正月

 末社に諏訪社、小杜社、白鬚社があり、1629年の式年遷宮のとき造替され重要文化財。伊賀古夜媛命は賀茂建角身命の妻で、玉依媛命は子。
この社は正月など期間限定で見ることができる。

2024年1月2日
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2022年正月

お正月!

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2022年正月
2024年1月2日
2024年1月2日
2024年1月2日
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2022年正月

▽本殿裏(特別拝観)

 神社が好きな人で本殿裏などを見たがる人はいるかと。ここもできます!
 写真でどうぞ。

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2017年正月
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2017年正月

本殿裏からの参拝場所があります。

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2017年正月
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2017年正月
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2017年正月
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2017年正月
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2017年正月
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2017年正月
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2017年正月
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2017年正月

▽井上社(別名:御手洗(みたらし)社)

 川の源流の上に立っていて、井戸の上に立っていることから「井上社(いのうえしゃ)」となっている。祭神は水の神「瀬織津比売命(セオリツヒメ)」で祓戸四神の一柱。

2024年1月2日
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2017年正月
2022年7月28日
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2019年正月
2024年1月2日 水みくじしているな
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2017年正月
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2017年正月
2024年1月2日
2024年1月2日

 社殿の下から水が湧いており年間を通して1水温は18°と変動がないそう。毎年5月15日の葵祭の前には斎王代がこちらで禊の儀をされます。また、土用の丑の日の「足つけ神事」は多くの参拝者で賑わう。奉納すれば境内に提灯を飾ってもらえる。

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2022年7月28日
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 ※夜のほうが良いかも。
  写真は後述の「▼写真:夜のみたらし祭」参照。

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2022年7月28日
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 祭神は「瀬織津比売命(セオリツヒメ)」。大祓で祓われた罪穢れを大海原に祓いやるとされる祓い神で、謎多き女神。

 由緒によると「前身は、879年9月25日条をはじめ諸書にみえる唐崎社である。元の社地は、高野川と賀茂川の合流点東岸に鎮座のところ、文明の乱により1470年6月14日焼亡したため、この地に再興になり、1629年の式年遷宮より官営神社となった」とある。

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▽鴨社直会殿泉聲

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2022年7月28日

 本当は結婚式の待ちはここでしたかったのですがね。下鴨茶寮でしたね。。それはさておき、伊勢神宮の古材なんですよね。

平安時代より、歴代御即位、大嘗祭後、饗応殿(きょうおうでん)が下賜され、この場所に直会殿として移築し、式年遷宮ごとに造替してきた。
 ところが、昭和度殿舎が老朽化したため、昭和23年(1948年)頃に徹却した後は再建されていませんでした。平成27年(2015年)の第34回式年遷宮事業の一環として、平成5年、第61回神宮式年遷宮五丈殿の撤下を受けたので、伝統により再興した。

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▽境内左:遥拝所→伊勢神宮式年遷宮古材の社殿→奈良殿神池→古代祭祀テクテク

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 昔はなかったはずの遥拝所から楼門・回廊を出て右側の楼門に戻る人が多いが、私たちは左へ!あれ??ここ入れたっけ??妻と行ってみよう!!

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 古代祭祀場!!

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↑2022年7月28日---------------------------------------

▽境内西:祓 社

 境内西の鳥居を出て、道なりに右へ曲がった先にある小祠。祭神は玉依姫命・賀茂建角身命・祓戸大神となっている。普通、表参道入口にあり一番初めに参拝するところが多いが、ここは西側入り口に鎮座している。

▽境内西:印納社

由緒より「御本宮の御垣内に古くから祀られている印璽社の御祭神を祀り、ここに古印を納め、ご守護を仰ぐ神社である。また、この一帯は、平安初期より室町まで、賀茂斎院御所(文明の乱により焼失)のあった由緒地である」とある。

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印鑑?なくなるよな・・。祟りが起こるかも!?

▽境内西:愛宕社・稲荷社合祀殿

印納社の西方にある。

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▽境内南西 ※2022年7月28日追加

ここからは河合神社から小川手前のところ、流鏑馬神事の場所を歩くと言えばわかるかな・・・。

→境内南西:河崎社 ※2022年7月28日追加

2022年7月28日

下鴨神社宮司より
 再興するお社の二番目は、河崎社です。これは、「こうさきのやしろ」と、読みます。時代によって、神先(かんざき)、とも、神早(かんさき)、神崎(かんざき)と書かれていました。お社の元の地は、現在の京都大学の辺りから知恩寺、田中神社の地域に所在した鴨氏の村に祀られていた神社です。その旧地は、知恩寺境内に今もお祀りしていただいている鴨神社です。
 この地は、もともと古代から賀茂御祖神社の領有区域として、承和十一年(八四四)十二月二十日付、太政官符により制定されていました。鴨社神領・粟田郷(あわたごう)のうちでした。粟田郷は、その後、元慶四年(八八〇)に上下の粟田郷に分けられたことが『三代実録』にみえます。そのうちの下粟田郷になります。この郷は、鴨長明で知られた鴨氏の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)系の氏族が古代から領有し、始祖を鴨神社として祀り集落を構えていたところでした。時代は下りますが、室町時代の公卿の日記『親長卿記』の文明六年(一四七四)八月一日のくだりに、先年の応仁・文明の乱によって略奪、放火にあった集落を守るために田中の構(かまえ)と呼ばれた防護壁を築いたこと。その田中の構が『実隆公記』の文亀三年(一五〇三)五月二十四日のくだりに、またまた乱により集落が襲われ兵火にみまわれたこと。その後も享禄三年(一五三〇)十二月二十九日(『二水記』)、集落がことごとく焼き討ちにあい壊滅状態となり、間なしの天文五年(一五三六)七月二十二日(『鹿苑日録』)にこれまた乱の災害にあって構えも鴨神社も壊滅したことが記録されています。この天文法華の乱により壊滅した鴨氏の集落は、応仁・文明の乱の兵火で焼亡した糺の森の鴨社神舘御所跡へ移住しました。「田中の構」については、鴨の社家の記録でもある明治四年(一八七一)五月刊行の山城国『愛宕郡志』に「同年十月、たてはらと川崎を合併し田中村と称す。」とありまように「河崎」が里の名称となっていたことが知れます。
 天文法華の乱により焼亡した河崎社は、鴨氏が鴨社神舘御所跡へ移住した地に賀茂建角身命系の氏人が集合して新たに里を形成したのです。天明五年(一七八五)に河崎の地の鴨神社が旧地の名称を付して河崎社として遷御されました。
 ところが、大正十年(一九二一)九月、都市計画法によって、河崎社境内の大半が下鴨本通となることにより、鴨社神宮寺境内の賀茂斎院歴代斎王神霊社へ合祀されました。それもつかの間、昭和二十四年・第三十二回式年遷宮により造替予定のため社殿を撤去したものの戦後の混乱期に遭遇し建築資材などの不足により、社殿造営にまで至らず今日になりました。

https://www.shimogamo-jinja.or.jp/greeting/article.php?id=206
2022年7月28日
2022年7月28日
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 伊勢神宮125社の摂社・末社のような神殿ですね。そして向こう側に、河合神社にあった鴨長明の家と思われるものが・・。行ってよいのかな・・。

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→境内南西:二十二所社(祭神:鴨氏二十二譜始祖神)※2022年7月28日追加

 祭神は「鴨氏二十二譜始祖神」で、神武天皇、崇神天王と「ハツクラシ」という「初めて」という名を持つ天皇から与えられ祖神を祀る・・。八咫烏って明示的に書いてますやん・・。

2022年7月28日

 1770年に当時の禰宜とその子の2代にわたって鴨伝承や歴史的資料、記録類を集成し、1799年に完成させた「鴨縣纂所」によると、滋賀県の日吉大社に下鴨神社本宮の祭神である玉依媛命と同神が祀られており、この社を遥拝所としていた時期があったそうで、一時期に日吉社と呼ばれたそうな。

2022年7月28日

 下鴨神社の本宮の祭神・賀茂建角身命の氏始祖・神皇産霊尊・天神魂命から始まり、賀茂建角身命の子・玉依彦命、その子孫の鴨氏祖先の社。

2022年7月28日

1959年の式年遷宮に社殿を造替を試みるが、用材不足で新殿の完成せず、摂社・三井神社中社へ遷座されていたようだ。

→境内南西:雑太社

 祭神は「神魂命(カンタマのミコト)」は球技上達の御利益があるそうな。1910年に関西で初めてラグビーが行われた場所。

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 球技の神様「神魂命(かんたまのみこと)」を祀る。前には関西ラグビー発祥の地を示す「第一蹴の地」の碑がある。新しい社の認識。

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→境内南西:垂水

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→境内南西:賀茂斎院御歴代 斎王神霊社(いつきのみやのみたまのおやしろ) 祭神:斎王

 平安時代から鎌倉時代にかけて賀茂社(下鴨・上賀茂神社)に奉仕した皇女(斎王)の御所のことで、その斎王の神霊を祀る末社。斎王は810年から約400年間、35代にわたって引き継がれた。今では葵祭で斎王が祭りを主宰していますね。

2022年7月28日
2022年7月28日
2022年7月28日

▽境外摂社:賀茂波爾神社(かもはに)

下鴨神社の境外摂社で、通称「赤の宮」と呼ばれ、祭神は「波爾安日子神(ハニヤスヒコ)」・「波爾安日女神(ハニヤスヒメ)」。説明に「アマテラスの御弟神」とあるが、記紀にいみえる弟神はツクヨミとスサノオであるので謎。

境内には『波爾井清水』という湧水があり、地元の人が水を汲みに来るところで、地元に馴染んだ神社ともいえようか。住所は「京都府京都市左京区高野上竹屋町36」です。

最後に、通称「赤の宮」の名前由来について諸説あるようで、個人的には、伏見稲荷から「赤の宮稲荷」から今のように呼ばれたという説があります。

伏見稲荷大社にも賀茂氏が嫁いだとわかる社があり、繋がりはあるんだなと思う一説である。

▽境外摂社:御蔭神社

下鴨神社の境外摂社で、祭神は「賀茂建角身命荒魂」・「玉依姫荒魂」と下鴨神社の和魂と対になっていることから、奥宮の位置づけと思っている。由緒に「この社地は、太古鴨の大神が降臨された所と伝えられるところから御生山と呼ばれており、東山三十六峰第二番目の山である。また、太陽の直射す所、すなわち御蔭山とも呼ばれ、社名はこれに因む。」と記されている。

平安時代には、“下鴨社の神がはじめて御蔭山に降臨した”との説が流布しており、そこから、当地を御生の地として、「下鴨社の元宮」とも呼んでいたという。

下鴨神社の大祭「御蔭祭」のとき、下鴨神社からここへの御行神事、及び下鴨神社への還幸神事がおこなわれる。上賀茂神社の御阿礼神事に相当する祭り。

▼お正月

→2013年

→2014年

→2015年


→2016年


→2017年

2017年正月
2017年正月

→2018年


→2019年

→2020年

→2021年

※写真なし

→2022年

→2023年

2023年1月2日
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2023年1月2日

→2024年

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2024年1月2日 10:30にはこの行列
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2024年1月2日 10:30には超行列
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▼お祭り

→1月4日「蹴鞠はじめ」

→3月3日「京の流し雛」


→5月3日葵祭「流鏑馬(やぶさめ)神事」

 流鏑馬神事は葵祭の道中の無事を祈る神事。

→5月5日葵祭「歩射祭事」

人が多いです。早めに行って(席はないけど)場所を取りましょう!
お祭りの歴史は下鴨神社公式HPより抜粋します。

平安時代に宮中で行われていた「射礼(じゃらい)の儀」が始まりと伝えられている。 射手が弓を鳴らす「蟇目式(ひきめしき)」で四方の邪気を祓い、鏑矢を楼門の屋根を越えて飛ばす「屋越式(やごししき)」、大きな的を射る「大的式(おおまとしき)」、連続で矢を射る「百々手式(ももてしき)」がそれぞれ行われる。

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↓楼門を超える矢

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→5月「糺能「翁」」

 まだまだ知らない神事があるな・・。また機会があれば行こう。って高いな・・。老後かな・・。

2023年5月19日(金)、賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ・下鴨神社)にて、糺能「翁」が上演されます。
賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)と玉依媛命(たまよりひめのみこと)を御祭神に祀る賀茂御祖神社。神社の参道一帯に広がる「糺(ただす)の森」では、室町時代の1464年、将軍・足利義政や大名の前で「糺河原勧進猿楽」が行われました。これを2015年、約550年ぶりに「糺勧進能」として再興。2019年には、令和の御大典を記念し、賀茂祭(葵祭)の後儀「糺能」と改められ、今回で8回目の開催となります。
(略)
2100年前から始まったとされる賀茂御祖神社の遷宮は、 2036年に60回目を迎えます。またこの年は、遷宮の制度を20年毎の式年として第一回が行われた1036年から千年目。
そこで、神と人のいとなみの千年を振り返り、自然と文化のすがたを見つめなおすスタートであると今年の糺能を位置付けて、 「翁」が披露されることになりました。

↓引用元


→みたらい祭(足つけ神事)

 平安時代、貴族は季節の変わり目に禊祓いをして罪、けがれを祓っていた。境内の御手洗池に裸足で入り、御神水を飲み心身を清める。楼門前には納涼市のテントが並び、みたらし団子をはじめ、京都の老舗名店が出店する祭り。

 ちなみに、鎌倉時代まではセオリツヒメを祀る井上社前で、参拝者が普段から禊をしていたことが分かっており、室町時代から境内には「みたらし団子」を売る茶店などで賑わったとか。そんな中、明治になり政府より廃止するよう通達があったが、神社は拒否し「井上神社例祭」とし今に至る。


 →~2021年

 →2022年

2022年7月28日
2022年7月28日
2022年7月28日
2022年7月28日
2022年7月28日
2022年7月28日
2022年7月28日


 →写真:昼の「みたらし祭」

お祭りの歴史は下鴨神社公式HP参照くださいm(__)m

2013年みたらし祭
2019年みたらし祭
2022年7月28日
2022年7月28日
2019年みたらし祭
2013年みたらし祭
2013年みたらし祭
2022年7月28日
2022年7月28日
2013年みたらし祭
2013年みたらし祭
2022年7月28日
2022年7月28日
2019年みたらし祭


2013年みたらし祭

 →写真:夕方の「みたらし祭」

2017年みたらし祭
2017年みたらし祭
2017年みたらし祭
2015年みたらし祭
2015年みたらし祭


2017年みたらし祭
2017年みたらし祭
2017年みたらし祭
2017年みたらし祭
2015年みたらし祭


 →写真:夜の「みたらし祭」

2018年みたらし祭
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2018年みたらし祭
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2018年みたらし祭
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2016年みたらし祭
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2015年or2016年みたらし祭
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2018年みたらし祭
2018年みたらし祭
2015年or2016年みたらし祭
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2018年みたらし祭
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2018年みたらし祭
2015年or2016年みたらし祭

→夏越神事(矢取神事)


→御蔭祭

15日の葵祭を前に行われる。御蔭神社に鎮まる御祭神の荒魂を下鴨神社に迎える神事。非公開。

→葵祭


→氷室開き神事

「氷室」が79年ぶりに再興された。宮中で氷室の氷を食べたとされる「氷の朔日(ついたち)」(旧暦の6月1日)にちなんで1日、氷室開き神事が営まれた。(略)神事では、神職が祝詞を読み上げ、氷室から運び出した氷や野菜が本殿に奉納された。

https://www.sankei.com/article/20220602-TZXHD4PDINOTLHKXBLBJCG4G34/



▼写真:下鴨神社パワースイーツ!?

↓写真で紹介!?

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氷室のかき氷@さるや

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再現!さる餅@さるや

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豆大福@出町ふたば

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みたらし団子@加茂みたらし茶屋

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▼もう一つの「葵祭」

▼神社まとめ:「二十二社制」と「勅祭社」巡りなど

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