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犯した過ちは過去と同じ基準で裁く、という責任
#最近の学び 人間関係では、本当にたくさんの失敗をしてきた。 こじらせていたし、ここまでの道のりにいろいろあったから、周りが寛容なのに甘えて、人としてどうかとい…
また少しずつ、書いていきます。
ミニマリストへの道 第2章 「きゅん」を基準にする
断捨離をするときに、私なりの基準を設けた。
「きゅん」「これがあることで、わたしは家にいる時に幸せを感じられるだろうか?ときめくだろうか?」という
肌感覚
である。
理屈で考えると「いつか使うから」と思う。
かといってその手前の認知処理段階である感情で考えても結局、情に流される。
そのため、理屈や感情が起こるもっともっと手前で判断を下さないと、何も進んでいかない。
結局、仕方なく(
犯した過ちは過去と同じ基準で裁く、という責任
#最近の学び
人間関係では、本当にたくさんの失敗をしてきた。
こじらせていたし、ここまでの道のりにいろいろあったから、周りが寛容なのに甘えて、人としてどうかということをたくさん言ってきた。
その一方で、相手の困ったちゃんに辟易することもあった。
そのとき、やはり未熟な私だから、感情的に反応してしまうことはもちろんあるけれど、
過去と今、同じ基準でそれぞれの過ちを捌くのだと肝に銘じる。
人生は、ケーキ。*写真とつぶやき
春も花とと空が好きで、1番好きな季節と言ったばかりですが、夏も花と空が好きで1番好きな季節。
好きと日々とを交互に重ね上げながら、人生は素敵なケーキだと思う。
日々は過ごすものではなく、重ねるものなのだと気づくことから、丁寧な暮らしが、はじまるのだろうな。
最果タヒの「六等星」を考察する
先日、といってもこれを書き上げるのが遅すぎてだいぶ前になってしまったけれどとにかく先日、大阪・心斎橋PARCOで開催されていた、最果タヒ展に行った。
最果タヒさんと言えば、Little Glee Monsterの『夏になって歌え』の作詞を手掛けられた方ということは知っていて、そこから名前を見かけると何となく気になって、1冊2冊ほど詩集を手にとって読んだことはあるが、完全に「にわか」だった。
(
人生は、消費するには短く、耐えるには長い。
人生は、浪費するには短く、
耐えるには長い。
日常という箱の中を好きなことで詰め込むのは、
人生をちょうどいい長さにするための営みなのだ。
人生という箱をゴミ箱にも、すっからかんの空き箱にもしたくないし、
させるわけにはいかない。
だから人から受け取った負のエネルギー、言葉
そういったものを人生の中に入れないこと
日々出会うものの感謝、ありがたみ、美しさ
そういったものを大事に人
【短編小説】神はミニマリスト
深夜。
静寂。
ビニール袋にモノを投げ込む音だけが、そして時々虫やカエルの鳴き声が。
初夏。
とっ散らかった自室を見渡し「心象風景だ」と呟いたが最後、
気がつけばあれもこれも、目が冴えてくるのに任せて、いる、いらない、いる、いらない。
思考が無になるということは、めいっぱい思考することとほぼ同じのような気がする。問われる。答える。
ーーこれ、いるの?もう使わないでしょ
でもこれは、貰
人となりが出る*苦手な人との付き合い方
人の性格のいちばんきらきらした部分が垣間見えるのは、実はいやなことに向き合った時かもしれない。
最近、ある一人の人に対して、どうしても許せないことが一つ起こった。
そして図らずも偶然、そのタイミングで、その「苦手な人との付き合い方」について、人と話し、気づかされたことがあった。
話していたのは、整体の先生。彼は私の生業が心理士(師)と言うことを知っている。
「心理って相談に乗る仕事だからい
この春やりたいこと
#この春やりたいこと
優しい言葉を自分にかけたい、自分の価値を研鑽していきたい、新しい人に連絡を取り考えを取り入れたい、断捨離をして掃除したい、全てのことに感謝し空を見上げたい…
どこへ行きたい、何が欲しい、とかではないのか?と拍子抜けすると思う。きれいごとのようで呆れられるかもしれない。
実は、これら「この春やりたいこと」に共通することは
”コロナに全面的に屈服し、「新しい生活様式」「自
変えられないことを受け入れ、諦め、笑うことも強さのうち。祈ろう。
幸せは、世界を何色に見るか次第
冬ぐらいからのんびり作っている曲に、少しずつ歌詞をつけている。
自分で言うのもなんだけど、その歌詞の
「あなたが出会う幸せは世界を何色に見るか次第だから」
というフレーズが好きで、移動中、よく作った音源を聴いている。
このフレーズをどうしても曲の中心に据えたくなった背景として、やはり価値観の変化はあった。
自分の外側には幸せはなく幸せの理由だけがあるので、それを拾えるように研ぎ澄ませていく