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練習はなぜ必要?

トランペットを演奏されている皆さん、練習、していますか?

「練習」という言葉にどのような意味を持たせるか、人や場面によって違いがありますが、その中でも最も多いのは、「本番以外の楽器を吹くことの総称」だと思います。

今日は少し思うことがあったので書いてみます。


練習時間について

音大生だった当時の僕は練習の鬼と呼ばれるほど一日中楽器を吹いていました。朝、大学の門が開く時間(確か7:00)を目指して片道2時間の電車に乗り、21:00の門が閉まるまで、座学の授業以外はほぼ楽器を吹いていました。

でもこれ、全然良いことではないし、むしろ時間の使い方が下手です。
まず練習の中身が問題。少しは考えながら吹いてはいましたが、そのほとんどが繰り返し繰り返しの根性練習。そして無計画にあれこれ行うものだから内容が散らかって、目的が不明瞭になってしまう。
また、こんな長時間集中力が持続するわけがないので、ずっと集中力が薄い状態で吹いているものだから、頭を使った練習ができていません。フィジカル的にもずっと軽くバテた状態だったと思いますので、頭も体も不安定で、惰性で音を出し続けていたのだと思います。

「音大生は1日8時間は練習しないといけない」なんて言葉が未だSNSなどで目にしますが、「しなければいけない」わけではないと思います。
これはある意味練習をしなければならない、サボってはならないと先人(先生)からのメッセージなのだと思います。

音大生は忙しい。けれど、

確かに音大生は忙しい。まず自分のコンディション管理に始まり、個人レッスンでの教則本やソロ曲、室内楽、オーケストラ、吹奏楽、その他授業、有志の企画やら学外での活動など、同時進行するものがとても多いです。それらの課題を十分にこなしていくための譜読み時間は、曲数とその難易度(自分のその時のレベル)に比例しますから、場合によっては8時間くらい譜読み時間を確保しなければ間に合わないことも考えられます。

音大生の話をしましたが、吹奏楽やオーケストラなど複数名での演奏活動を行っている部活や一般の方も含め、練習をする目的は「他の人に迷惑をかけない」ことをまず目標にする必要があります。
合奏の日が決まっているのに譜読みをしていなかったり、できない箇所を放置したままにしておくのは無責任です。もちろん、趣味で演奏されている方はそれぞれ個人レベルの差がありますから、全てを完璧にしましょうとは言いません。大切なのは「自身の可能な範囲内で努力した上で参加しているか」が重要です。

音大生の場合はそれではダメです。初回の合奏やレッスン日までに自分なりに完璧に仕上げてくる意志を持ち、具体的に形にしていなければなりません。

練習の具体的な意味

練習というのは、単に楽器を吹いている時間ではなく、目的や目標を達成するために必要な時間と考えるべきです。合奏やレッスンに間に合わせるために譜読みを進めていたら、今の技量では解決できない苦手なテクニックの箇所があった場合、楽曲の譜読みから一旦離れて、教則本などを使ってそのテクニックを習得させるための「一歩退いた練習時間」が必要になります。

趣味で演奏活動をされている方は、長期的な計画で少しずつできるようにしていけば良いと思いますが、音大生の場合はそうした事態にならないように日頃から様々なテクニカルな教本と向き合って、どんな要求をされても一通り演奏できる準備をしなければなりません。そうしなければ時間的に間に合わない場合も多いですし、もしこれが依頼された仕事だった場合は壊滅的です。そうした自覚を持って、日頃から目的意識を持った充実した個人練習に取り組まなければなりません。

研究と実験

ちなみにですが、僕は自分の中で、未習得な技術を手にいれるために試行錯誤する時間を「実験と研究」と呼んでいます。その結果、具体的に方法が理解できたら、それをいつでも、どんな条件になっても演奏に反映できるようにするために行う時間を「練習」と呼んで完全に切り離しています。

僕個人のことを言うならば、レッスンで様々な方のお悩みの解決ができるように、日頃から「どんなことをするとどんなことが起きるのか」を自分の体で実験、研究をしています。良い音を出すための試行錯誤だけでなく、ピッチが悪くなる理由や音色が乏しくなるなどの様々な原因とその解決方法を模索している時間が結構あります。そうした時間は練習とは呼べません。

ということで今回は「練習」とは何か、についてのお話でした。


荻原明(おぎわらあきら)

荻原明(おぎわらあきら)です。記事をご覧いただきありがとうございます。 いただいたサポートは、音楽活動の資金に充てさせていただきます。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。