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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その100


100.   お守りがわりの新聞を持って・・・


遠藤さんが可愛かった。


背が低くてポニーテールで
色が白くてちょうどよいムニムニ感でいて
柔らかそうだった。
目が切れ長で一重で
表情はあまり変えないけど
楽しそうに仕事をしていた。
黒縁の眼鏡。


26歳くらいだろう。
私達より少しお姉さんな感じがした。
最高だ。
ここのところ最高だと思える
女の人によく出会う。


一体いつになったら私は、
運命の人と出会うのだろう。
会った瞬間抱きしめ合ってしまうような人。



きっとこの遠藤さんは違うだろう。
私が抱きしめたいだけで向こうは
何とも思っていない。
この調子で私の人生は生殺しのまま
死ぬまで誰とも抱き合わないのかもしれない。


遠藤さんと目を合わせたくて
積極的に話す私。


「佐藤さんの紹介で来ました。」

「カナダのトロント行きのエアチケットですね?」

「エアー?いえ、本物のチケットでお願いします!はい!」

「・・・・・」



常磐木氏が壁の世界地図を見ながら言った。


「どこや?トロントって?」


本当にこの二人をカナダに送って大丈夫なのか
少し考えてから遠藤さんが言った。


「カナダの佐藤さんの会社で採用された人達は皆さま、当社をご利用下さっています。ご安心下さいませ。」


少し声の音が太くて、
鼻から息がもれるような
セクシーな安心しちゃう声に
体の芯から安心した。



遠藤さんが手続きを済ませてくれて
領収書を2枚持って来た。
1人8万円ちょうどだった。
千円札だらけで支払った私達二人。
これで本当にカナダに行けてしまうのだ。
不思議な気持ちになった。



HISのビルを出て駅に向かう私達。


「おい直樹。あとなんぼ残ってる?」

「3千円。」

「俺5千円。」

「・・・・」

「・・・・」


「行くか!」
「行くか!」


息はピッタリだった。
私達は歩くスピードもピッタリで
早くもなく遅くもなく
決して速度を落とすことなく
速やかに、そして軽やかに
向かいの店に入った。


『パチンコ4・5・6』


狙うはハネモンだ。
ファインプレーだ。
いけ!ホームランだ!
カキーン!
なんと!
二人共最初の千円でかかった!


面白いように玉が出てきた。
違う台に替えてもまた出た。
勝ち続けるのもシンドイものだ。
何杯もコーヒーを飲んだ。


「もう帰らんと、明日も朝早いで。」

「せやな。このラウンド終わったら帰ろうか。」


止めようとすればするほど連チャンした。
止まらない勝利の音楽。
リズムは完全に私達の心臓と同じタイミングで打たれ、
そのタイミングで玉を打った。
勝利にはクールさが必要なようだ。


「うわっ!またかかった!終わらへん!」


「もうホンマに終わらせよう・・・」


わざとパンクさせた。
勝利のハグをこちらから振りほどいたのだった。
負けたくて勝ちから逃げた。


結局、私は2万円ほど勝ち、
常磐木氏は3万円ほど勝った。


「もう運送屋行かんでええかもな。これは。」



私もそんな気がした。



次の日。



運送屋での会話はもう
パチンコの話で持ちきりになった。


私達が昨日勝った話で、みんなに火が点いたのだ。
今日のみんなの会話は一種類しか無かった。


実はみんなパチンコが大好きだったのだ。
話し始めて私は初めて知った。
封印を解いてしまった罪が重いことに
まだ気が付かない私達。


昼食を食べながら運転手さんが言った。


「なんでそんな古い台打つねん。今はフィーバーやろフィーバー!」


常磐木氏がすぐに答えた。


「フィーバー台はすぐかねがなくなりますやん。」

「あほ。回転数っちゅうやつを見るねん。」

「いや、なんかテクニックとかあるんすか?フィーバー台に。ハネモンやったらテクニックのみで勝負できますやん。」

「なにを!偉そうなこと言うたな?よしっ!今から行こか?」

「今からって?仕事中ですよ?」

「こんなもんあっという間に片付けたる。見とけ。」



本気を見た。


おっさんが本気を出したら
目にも止まらぬほど早く
仕事を片付けられるようだ。
恐ろしかった。


「よし、まだ3時やな。ほな、行こか。」


息すら切らしていなかった。
私達3人は駐車場に停めた大型トラックから
外に出てパチンコ店に入った。


私はメシ代の残りの千円しか持っていない。
使いたくなかったが、ここまで来たのだし、
昨日みたいに千円でバカスカ勝てる気が充分にしていた。
みんなも同じだった。
鼻の穴が1.5倍に広がっている。


夜の7時になった。
みんなスッテンテンでお店を後にした。
ポケットの内側の生地を全て外に出して歩いた。



それからもよく誘われるようになった。
その為に仕事を早く終わらせることを快感とした。
それがブームになってしまったのだ。
私達2人がカナダに旅立つまで、
あと10日。


勝負に弱い私は戦いから退いた。
まっすぐ家に帰った。
常磐木氏は勝負していた。
彼なら大丈夫だ。
戦場から手ぶらで帰ってくるような男ではない。

仕事で仕事以外の戦いで
疲れ果てて家に帰ると
玄関に大きなスーツケースが2つ置いてあった。


我が家でスーツケースは珍しい。
家族の誰もこんな物を使う必要がなかったからだ。
誰か親戚でも来ているのだろうか?
私に親戚が居たのだろうか?
親父は先に帰ってきて、もう晩飯を食い終わっていた。


私を見るなり手招きして呼んだ。


「おう直樹。玄関のやつ、見たか?」

「ま、まさか!お、お父様!!俺のために?」

「そうや。友達の分もいるやろ?2つ買っといたぞ。中古やけどな。まあ見た目は勘弁してくれ。」


私は用のなくなった中学生の頃から使っていた
リュックサックを押入れにしまい込んだ。

立派なスーツケースだ。
硬くて大きい。
芸能人がハワイに行く時に転がしているあれだ。
いよいよ世界に旅立つ雰囲気が出てきた!


常磐木氏とお揃いのスーツケースだが色違いだ。
周りから気持ち悪がられはしないだろう。


さて、
私は『地球の歩き方 カナダ』を見ながら
準備するものを、そのスーツケースに入れていった。


本とおしゃべりしながらする荷造りが楽しい。

「変圧器?そんなのが要るのか?要らんやろ?」

「貴重品を隠して持ち歩く為の腹巻か。なるほどね。」

「免許を更新してから行くことをお勧めするだとー!早よ言えやー!」


出発の前日、
私達は運転免許試験場に居た。
受付の人に明日出発だと
言った瞬間、奇跡が起こった。



見たこともない速さで
免許証が新しくなり、
国際免許証まで発行された。


「なんや。やれば出来るんやな。」

「ホンマやな。大人って本気出したら恐ろしく仕事が早いねんな。」


いつまでもギリギリで事を運ぼうとする私達を
周りの大人達が助けてくれた。


ついに出発の日が来た!
常磐木氏の彼女が車で送ってくれた。

「おー!ほら見ろ!のぞみ!直樹もギター持って出て来たやんけ!」

「ほ、ホンマや。」

車の中にはすでに常磐木氏の
スーツケースとギターが積んであった。
私のスーツケースとギターも載せた。


「ほな、行こか!」

いつも通り時間はギリギリだった。
わたしたちはいつも通り
なんとかなると思っている。


私は乗り物酔いがひどいので目を閉じていた。
常磐木氏がギターを弾く音が聞こえて来た。
運転してくれる彼女。


目を閉じすぎたようで眠ってしまった。
気が付いたら空港に着いていた。


「行くぞ!直樹!ほれ!ギターや!」


どうやら常磐木氏は私のギターを弾いていたようだ。

はっ!
私は思い出して急いでギターケースのチャックを開けて
中を確認した。


「どうしてん直樹。もうギター弾いてる時間ないぞ。はよ行こう。」

「いや、ちょっと待って。ギターケースの中に入れてた新聞どこやった?」

「新聞?・・・・あー、なんか古い新聞が入ってたな。要るんか?その辺にないか?ゴミやと思ったぞ。」

車の中を探す私。


車のドアを閉めながら言う
のぞみちゃん。

「もう時間やばいよ。結局ご飯食べる時間無かったね。」

「おい直樹、何してんねん。早よ行こう。」

座席のシートの下に手を伸ばしている私。

「この新聞、大事や・・・ねん・・よいしょ!」

ビリッ!
破れた新聞紙の音がした。
ズボンのお尻の部分でなくて良かった。

「破れてもーた!」

「何が破れてん?」

「もういいやん。飛行機行っちゃうってば。」

「ほんまや!早く!直樹!」

「この新聞、大事やねん。」


もう一度手を伸ばしてシートの下の新聞を掴んだ。
急いでギターケースの中にしまい込んだ。

「OK!行こう!」

「走るぞ!」

私達3人は走った。

私は走りながら優子さんを想った。
優子さんの声が聞こえてくる。

「そうだ、真田くん。この今日の新聞持って行きなよ。」

「えっ?新聞?」

「うん。この日付の下にさ、私がサインしとくからさ、お守りがわりに持っといてさぁ。」

「ほー。なるほど!」

【1997年3月22日 ゆうこ】

「もし真田くんがビッグになって、何年後かにここに来た時に、見た目すっごい変わってて分からなくてもさ、この新聞見せてくれたら大丈夫だからさ!」

「そんな見た目が分からなくなるほどビックになりますかね?」

「なるなる!真田くんならなりそうな気がするよ。」

「髪の毛伸びまくってヒゲボーボーで3年くらい風呂に入ってなかったら、それはそれで誰かわからないでしょうけどね!」

「はっはっは!そっち?そっちでもさ!新聞見せてくれたらご飯作ってあげるよ。」

「マジっすか?」


「おい!直樹!チケット!」


はっ!
空港の受付だった!


「お客様の乗られる搭乗ゲートが、、、、あの、、、あの」


「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」


なんか嫌な予感がする私達3人。


「搭乗ゲートがここから一番遠いゲートでして・・・その、モノレールに一度乗って頂いて移動する必要がございまして・・・申し訳ないですが、このままですと、飛行機の出発時刻を越えてしまいます。」

「こちらA7どうぞ・・・」

すばやく隣の女の人がすごい顔をして
トランシーバーのような機械で
話し始めた。

「こちら受付A7付近より搭乗者2名、現在地E8。ただいまより
E14ゲートに向かいます。ゲートに到着予定12分後・・・505止めれますか?どうぞ・・・」

突然走り出した!

もう一人の人が私達に叫んだ。

「彼女についていってください!」

すごいことが起こっていることがやっと理解出来た。

私達は走った!

トランシーバーの女の人の足が
ものすごく速かった。

私達はモノレールに乗った。

受け付けの女の人と
のぞみちゃんはここまでのようだ。

「ほな、行ってくるわ!」

すぐに扉は閉まり、
トランシーバーの女の人は
また無線機で連絡をしていた。

「こちらA7。今ML出発。到着予定時刻・・・」

なんてことだ。
電車のように、乗り過ごしたらまた次のに乗れば良い
わけではないようだ。

こんな重大なことになるとは思わなかった。

モノレールが止まった。
扉が開いた瞬間、新しい女の人が待っていた。

「こちらです!すいませんが走ってください!飛行機を止めてます!2分遅れで離陸します!」

トランシーバーの女の人はモノレールに乗ったままだった。

前を走る女の人に必死でついていった。

走った。
本気で走った。
生まれてから今までで一番の本気だった。


事前に連絡がいっていたようで
全ての関門をスルーできた。


飛行機に乗った瞬間、蛇腹になっている通路のようなものが
切り離されてドアが閉まった。


パイロットのアナウンスが聞こえる。

「ただいまより、当機2分遅れで出発します。皆様には大変ご迷惑をお掛け致しました。」


私の代わりにパイロットが全員に謝ってくれていた。


みんなの2分を返すにはどうすればいいのだろうか。
カナダに着くまでに思いつくだろうか。


〜完〜

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