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自選短編まとめ

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ぼくだって、世界の中心で愛を叫びたい

ぼくだって、世界の中心で愛を叫びたい

『読んでいない本について堂々と語る方法』という本があります。

当然ながら僕はこの本を読んでいません。僕がこの本から学んだことは(あるいは学んでいないことは)、読んでいない本について堂々と語る方法なのですから、その方法を当のこの本に適用してみます。というのは、おそらく使い古されたネタでしょうから、次の本に移ります。

次の本は『『罪と罰』を読まない』です。

この本は『読んでいない本について堂々と

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ガロア殺し

ガロア殺し

ガロアは不可能を証明した。

エヴァリスト・ガロア。1811年10月25日にフランスで生まれた夭折の天才数学者。

同級生の男たちが、毎年新たに誕生する女性アイドルに熱をあげ、同級生の女たちが、新卒の若い体育教師にうっとりしていた頃、同じ16歳の僕はガロアに傾倒していた。初夏の誰もいなくなった放課後の教室で、セミの鳴き声に重なった運動部のかけ声を、耳のずっと奥の方で聴きながら、僕はガロアの人生に思

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孤独リフレクション

大学二年生の頃、僕は実家暮らしにも関わらず、大学帰りに頻繁に外食した。単に家に帰りたくない年頃だったといえばそうなのかもしれない。ただ、一つだけ言えることは、家族が当たり前のように安全地帯として機能している家は、恵まれているということだ。

僕は当時大学から一つ隣の駅にあるインドカレー屋によく一人で行った。間接照明の落ち着いた雰囲気の店だった。大抵いつもホウレン草ベースのカレーを注文し、ナンを二枚

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ザ・デイ・アフター・クリスマス

ザ・デイ・アフター・クリスマス

12月26日。朝の電車内。そこでは様々な物語が交錯し、そしていつもと違った空気が流れている。

あるいはいつもと違うのは空気そのものではなくて、その空気を見つめる自分自身なのかもしれない。

昨夜まで都会の隅々に満ちていたクリスマスソングの余韻に浸る人もいれば、浮かれた恋人の祭典が終わってホッと胸を撫でおろしている人もいるだろう。



朝の混雑したホームのあちらこちらで、電車を待つ人々が白い息

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ぬいぐるみの愛

ぬいぐるみの愛

僕は自分がぬいぐるみになって初めて、人を愛するということがどういうことなのか少しわかったような気がする。



「『付き合う』ってどういうことなんだろう。」

中学生の時、僕はいつもそんなことを考えていた。思春期入りたての子供にはありふれた議題だ。でも実際に恋人と仲のいい女友達とでは何が違うのだろう。

デートをするかしないかの違い? それだったらデートってなんだろう。女友達と二人で遊びに行くの

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白いイルカ

白いイルカ

正確にはそれがいつなのか覚えていないが、僕がまだ幼稚園児だった頃の記憶で、今でもふとした瞬間に思い出す光景がある。

僕が生まれた時、母方の祖父は既に鬼籍に入っていて、祖母は一人で新潟県の田舎に住んでいた。塩の匂いが漂う港町だった。僕は祖母が大好きだったから、母親と一緒に帰省するのがいつも楽しみだった。

その光景の中で、祖母は僕にこんな話をする。

「大きくなったら、そのうち大きな波がやってくる

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豊島美術館

豊島美術館

基本的に懐疑的な性格をしているから、いい年をした色んな国の人が皆わかったような顔で水滴の床を流れる光景を見つめているのが、はじめは正直気持ち悪く感じた。

棚田と海が見渡せる小高い場所にその美術館はあった。ドーム状だが雫を想起させる形状をした白いコンクリートの空間。靴を脱いで入った。小さめの体育館くらいの広さがあった。天井は低めで照明もないけれど、大きな丸い穴が2つ空いていて、太陽の光が床に円を描

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