武さん

「おうい 雲よ」と呼びかけた詩がある。蒼い大空をゆっくり動く雲に「どこまでゆくんか」と…

武さん

「おうい 雲よ」と呼びかけた詩がある。蒼い大空をゆっくり動く雲に「どこまでゆくんか」と。 私の心は ともすれば ふわりと我が身を離れ どこへか漂う。そんな時 海を見に 山を登りに 見知らぬ街に行かねば、歩かねば、と切実に思う。 空いた心の中を取り戻すかのように。

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民衆精神史の語り部 逝くを哀しむ

「君も僕と同じで、根はタシツセイだな」タシツセイ?多質性?他質性?……「湿っぽいの多湿性だよ、アッハッハ」と破顔一笑した色川さん。新聞で『色川大吉さん死去』との…

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2年前
12

霧ヶ峰「ころぼっくる・ひゅって」の夜に

雨上がりの夜、静かな住宅街を歩いていたら、雨の名残りの重く感じる大気の中に、甘やかな香りが漂ってきた。住宅の庭や垣根に植えられたキンモクセイの花の香である。もう…

武さん
3年前
20

━━〈ウグイス〉から始まる ① ━━                                       …

思いがけずまたウグイスの声が聴けた。 緑道と呼ばれる道がある。元は小川や用水路だったのを暗渠にし、その上を遊歩道にしたものだが、その緑道を散歩していた時、「ホー…

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3年前
15

スプリング・エフェメラル 妖精たち

強い風雨に加えて雷鳴さえ轟かせた昨日とはうって変わって、今日は雲一つなく晴れ渡り、冬を抜け出した明るい陽の光が眼にまぶしい。前日の残りの風が強く冷たいが、それ…

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3年前
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「家では学校の勉強はするな!」という父の思いは

小学校の何年生のときだったろうか。家で教科書を開いていると、父が怒った。 「なぜ家に帰ってまで学校の勉強をしなけりゃいけないんだ」 「宿題なんだもん」 「そんなも…

武さん
3年前
24

小さな私の大師匠

 何にでも驚く癖(?)のある私だが、小学生のとき、12月25日がキリストの実際の誕生日とはいえない、ということを本で読んだときは、本当にびっくりした。  親も学校でも世…

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3年前
21

エスペラントに学ぶこと

 街を歩いていて、ある町内会の掲示板の横を通り過ぎようとしたら、『エスペラント』という文字が目に飛び込んできた。途端にひどく懐かしさがこみあげてきて足が止まった…

武さん
3年前
19

「図書館」から始まったわらしべ読書(2)

 前回はマハトマ・ガンディーと二人のチャンドラ・ボースの話を載せたが、今回もその続きである。  コロナ禍でなかなか友達と会うことができないでいるので、ある飲み友…

武さん
3年前
23

「図書館」から始まったわらしべ読書(1)

 何かある言葉なり出来事なりを起点として、そこから次々と関連する言葉や事項・人物などが繋がり結びついていく、ということがある。関連付けていくと、連想ゲームのよ…

武さん
3年前
15

『小春日和』そして『老いること』

 お昼前から空を覆いだした薄雲が次第にその厚さを増し、夕方には雨になるかもしれないような今日の天気である。昨日はあんなにも爽やかに晴れ上がった、小春日和のようで…

武さん
3年前
15

活き活きした「悪態」は今どこへ・・・

前回と同じくまた道端で出会ったことだが、今度は小学生の口喧嘩である。 4,5年生であろうか、学校帰りの男の子が二人言い合っている。  「バーカ、バーカ」  「おま…

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3年前
16

「挨拶」

なにか鬱々とした、気持ちの塞がりを覚えるようなこの頃、コロナ鬱にでもなっているのだろうか。体調も思わしくなく、コロナ禍で仕事からの収入が半減どころか3割にも達し…

武さん
3年前
12

山と人 「想い」に「恋」が消えたマチガイ

私は前回掲載の「雨の初めのひとしずく」でミスをしてしまった。百瀬慎太郎の有名な言葉を違えたのである。 「山を思えば人を想い 人を想えば山想う」とやってしまったの…

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4年前
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雨の初めのひとしずく

夜遅く、歩きながらなんとなく伸ばしてみた左手が霧に触ったような気がした。 おやっと思い、気を集中させると、羽織った薄い綿のジャンバーの両肩あたりから、微かな音が、…

武さん
4年前
19

画面をうずめる青い花々と霧ヶ峰のマツムシソウの群落

 仕事帰りの夜道、私は商店街の通りを避け、それより2本も3本も裏になる道をわざわざ遠回りして帰ることが多い。  庭の広い住宅が多く、道には木の香り花の香りがかす…

武さん
4年前
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キンモクセイ(2) 命を繋ぐたくらみ

午前中まで降ったりやんだりの雨だったが今はすっかりあがっている。 心配した近所のキンモクセイも、少し花を落としただけで、これまでと変らぬ芳香を放っている。 空いっ…

武さん
4年前
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民衆精神史の語り部 逝くを哀しむ

「君も僕と同じで、根はタシツセイだな」タシツセイ?多質性?他質性?……「湿っぽいの多湿性だよ、アッハッハ」と破顔一笑した色川さん。新聞で『色川大吉さん死去』との見出しを見たとき、端正にも厳めしくにも見えるお顔が急に崩れて、飛び出した笑い声がいきなり私の頭の中に鳴り響いた気がした。あの、ちっとも湿っぽくない笑顔とその時の大きな笑声は、もう何年も前のことなのに。

色川大吉さん。歴史学者、民衆精神史研

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霧ヶ峰「ころぼっくる・ひゅって」の夜に

霧ヶ峰「ころぼっくる・ひゅって」の夜に

雨上がりの夜、静かな住宅街を歩いていたら、雨の名残りの重く感じる大気の中に、甘やかな香りが漂ってきた。住宅の庭や垣根に植えられたキンモクセイの花の香である。もういつのまにかにそんな季節になったのだ。

「書き留めよ  議論したことを  風の中に吹き散らすな」
という言葉をガリレオ・ガリレイが残したという。

議論したわけではないが、頭によぎった数々の想念を、ここ数カ月、私は何ら書き留めることなく、

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━━〈ウグイス〉から始まる ①   ━━                                                       〘師匠と弟子〗

━━〈ウグイス〉から始まる ① ━━                                       〘師匠と弟子〗

思いがけずまたウグイスの声が聴けた。
緑道と呼ばれる道がある。元は小川や用水路だったのを暗渠にし、その上を遊歩道にしたものだが、その緑道を散歩していた時、「ホー ホケケキョ」と聞こえてきた。「ホー ホケキョ」の間違いではない。ホケケキョと確かに鳴いたのである。東京という大都会にもしたたかに生きるウグイスの、強く大きなさえずりだ。
世田谷区と三鷹市の住宅街を縫うようにして続くこの緑道は、同じ道を世田

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スプリング・エフェメラル 妖精たち



強い風雨に加えて雷鳴さえ轟かせた昨日とはうって変わって、今日は雲一つなく晴れ渡り、冬を抜け出した明るい陽の光が眼にまぶしい。前日の残りの風が強く冷たいが、それがかえって早春の山里を思い起こさせた。
 
コロナ禍ばかりでなく、10日ばかり前に心臓の手術をして退院した私は、思うように外を出歩いたり、ましてや電車に乗って山懐への遠出するなど「もってのほか!」と医師や看護師より恐ろしい連れ合いさんが目

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「家では学校の勉強はするな!」という父の思いは

「家では学校の勉強はするな!」という父の思いは

小学校の何年生のときだったろうか。家で教科書を開いていると、父が怒った。
「なぜ家に帰ってまで学校の勉強をしなけりゃいけないんだ」
「宿題なんだもん」
「そんなものやらなくていい!」

少し酔っていたのであろうが目は本気だった。
気性の激しい父は子供たちにとって本当に恐ろしかった。
長男の私はいつも真っ先に叱られ、父は絶対的に君臨していた。
だから私はすぐ教科書を閉じ、父の将棋の相手をした。

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小さな私の大師匠

小さな私の大師匠

 何にでも驚く癖(?)のある私だが、小学生のとき、12月25日がキリストの実際の誕生日とはいえない、ということを本で読んだときは、本当にびっくりした。
 親も学校でも世間でも、12月の25日はクリスマスでキリストの誕生日だ、というのが当たり前のことではないのか、と私は本のほうを疑った。そしてどの大人たちに聞いても、皆がキリストの誕生日で違いはない、という。やはりこの本はウソを書いたのかとも思ったが

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エスペラントに学ぶこと

エスペラントに学ぶこと

 街を歩いていて、ある町内会の掲示板の横を通り過ぎようとしたら、『エスペラント』という文字が目に飛び込んできた。途端にひどく懐かしさがこみあげてきて足が止まった。
 掲示板に貼られていたチラシは「エスペラント語の学習会」への参加を呼びかけたものであった。

もう何十年となく思い出すこともなかった「エスペラント」という言葉。

「エスペラントって何?」と聞かれたとしても、私にはそれに答える資格はない

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「図書館」から始まったわらしべ読書(2)

「図書館」から始まったわらしべ読書(2)

 前回はマハトマ・ガンディーと二人のチャンドラ・ボースの話を載せたが、今回もその続きである。
 コロナ禍でなかなか友達と会うことができないでいるので、ある飲み友にスマホで「インド人でボースと言ったら誰を思い浮かべる?」と聞いたら「そりゃー ボース粒子のボースだろ」と答えてきた。彼は物理屋なのだ。
友が言ったボースは、量子力学の分野で高名な人だそうだ。彼は話し相手に飢えていたと見え、待ってましたとば

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「図書館」から始まったわらしべ読書(1)



 何かある言葉なり出来事なりを起点として、そこから次々と関連する言葉や事項・人物などが繋がり結びついていく、ということがある。関連付けていくと、連想ゲームのように思いもかけない方向へと言葉や出来事などが現れ出てくる。その面白さに、私はよくそういう遊びを作り出して楽しんだりしている。それは、知っていたつもりの事柄や人物について改めて調べたり関連する本を読んだりすることで、まったく新しく事物や人間

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『小春日和』そして『老いること』

『小春日和』そして『老いること』

 お昼前から空を覆いだした薄雲が次第にその厚さを増し、夕方には雨になるかもしれないような今日の天気である。昨日はあんなにも爽やかに晴れ上がった、小春日和のようであったのに・・・と書いたところで、ふいに私のパソコンを打つ手が止まってしまった。
 小春日和という言葉、そして前日とはうって変わって雨の落ちそうなこの天気に、もうずいぶんと昔になってしまうが、同じような書き出しで始まった自分の文章がどこかに

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活き活きした「悪態」は今どこへ・・・

活き活きした「悪態」は今どこへ・・・

前回と同じくまた道端で出会ったことだが、今度は小学生の口喧嘩である。
4,5年生であろうか、学校帰りの男の子が二人言い合っている。
 「バーカ、バーカ」
 「おまえこそバーカ」
 「バーカ」
 「バッカバカ!」
これで終わりである。さっさと一人は帰って行った。
残った子は少し遅れてそのまま同じ方向を口を尖らせながら歩いていく。

なんとも情けない喧嘩である。
言い合った言葉はただ「バカ」のひとつ。

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「挨拶」

「挨拶」

なにか鬱々とした、気持ちの塞がりを覚えるようなこの頃、コロナ鬱にでもなっているのだろうか。体調も思わしくなく、コロナ禍で仕事からの収入が半減どころか3割にも達しないことの精神的な負担が大きく、気持ちに少しもゆとりをもてないという状態が続いている。

そんな心身ともに疲労して、買い物でぼんやり街を歩いていたとき、私は美しいものに出会った。
二人の年配の女性が道端で挨拶を交わしていたのだが、その姿が実

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山と人 「想い」に「恋」が消えたマチガイ

山と人 「想い」に「恋」が消えたマチガイ

私は前回掲載の「雨の初めのひとしずく」でミスをしてしまった。百瀬慎太郎の有名な言葉を違えたのである。
「山を思えば人を想い 人を想えば山想う」とやってしまったのだが、本当はこうである。
   山を想へば人恋し  人を想へば山恋し

つまり私のマチガイには「想う」ばかりで「恋」がない。私に恋は無縁?そんなそんな・・・・
山好きなら誰でも知っている、といわれるほどポピュラーなフレーズを、なぜ間違えてし

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雨の初めのひとしずく

雨の初めのひとしずく

夜遅く、歩きながらなんとなく伸ばしてみた左手が霧に触ったような気がした。
おやっと思い、気を集中させると、羽織った薄い綿のジャンバーの両肩あたりから、微かな音が、八分音符と休符を交互になぞるように聞こえてきた。そしてついにポツリとひとしずく顔に触れて、しばらく休んでいた雨がまた降り出してきた。

降り出す雨の最初のひとしずく。
たいていはいきなりポツンと1滴を感じ、すぐにポツポツと続くことが多い。

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画面をうずめる青い花々と霧ヶ峰のマツムシソウの群落

 仕事帰りの夜道、私は商店街の通りを避け、それより2本も3本も裏になる道をわざわざ遠回りして帰ることが多い。
 庭の広い住宅が多く、道には木の香り花の香りがかすかに漂い流れているし、秋には虫の音も聞けるからである。

 10月に入っても日中の暑さは続いたが、今日は雨のせいもあって寒いくらいだ。
 家への道をゆっくり歩きながら、私は「おやっ、何かおかしい」と感じた。駅から毎晩歩いて帰る道なのに、なん

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キンモクセイ(2) 命を繋ぐたくらみ

キンモクセイ(2) 命を繋ぐたくらみ

午前中まで降ったりやんだりの雨だったが今はすっかりあがっている。
心配した近所のキンモクセイも、少し花を落としただけで、これまでと変らぬ芳香を放っている。
空いっぱいに雲が覆っているが、薄いため、丸みを帯びた月が雲のカーテンを通して白く見えている。その光は、金というより銀木犀の花の光を照り映えさせているようだ。月の神たちは、今日は満開の銀木犀の周りで舞い踊り、その銀色の雫を散らしているに違いない。

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