可能なるコモンウェルス〈13〉

 国民・人民主権の考えにおいては、もちろんその独占的な権力をもって「他人を自分の意志に従わせている」のは主権者である人民・国民だということになる。しかし一方では「その権力に従っている」のもまた、当の人民・国民自身なのだということになる。そのように、「自分で自分に従っているのだから、人民・国民である限り誰も異存はなかろう」というのが、人民・国民主権における「共同規範」となっているわけである。
 自分は「他人の意志に、自分の意志を抑え込んで、あるいは抑え込まれて従っている、もしくは従わされている」わけでは全くなく、あくまで自分の意志にもとづいて、自分の意志に同意して従っているわけなのであって、そこには権力によって従わなければならない、または権力をもって従わせなければならない「他人」など存在しないし介在する余地もない、なぜなら「誰もが平等に、自分自身である」わけなのだから。
 そのように考えているとき、当の人民・国民自身あたかも何らの「権力」にも、いやそればかりでなく他のいかなる何ものにも、「自分自身としていささかも従ってはいない、あるいは従わされてはいない」かのように思えているはずであろう。しかし、はたして本当にそうだろうか?結局のところ人民・国民は、何らかの形で「誰かに従っているし、誰かに従わされている」のではないだろうか?そしてそのとき、彼らがたとえ知らず知らずにでも「従い、従わされている」のは、他の誰でもない「自分自身という他人」なのではないだろうか?
 ところがそういった、ふと誰でも過ぎりそうな疑念の余地が、人民・国民主権の考えにおいては、きれいさっぱりと切り取られ、忘れ去られているのだ。何故かというならば、「主権者としての国民自身」によって「服従者としての人民自身」が、そのような考えの方向へと仕向けられ、そのような疑念を忘れさせているのである。それにより人民は、「服従者として従わされていること」を忘れ、「主権者・国民として、服従者を従わせている自分たち自身」のことばかりを見るようになる。さらにそれによって人々は、従わせているのと同時に従っているからこそ成立している、国民・人民主権それ自体の本質を忘れ、見落とすことになるのである。

 ところで、「支配者でありながら、被支配者でもある人民・国民」の、その支配の「正統性=正当性」とは、いかにして明示できるものなのだろうか?
 神性=絶対性の代理人として、かつては現世的支配の全能性を一手に担っていた絶対王権君主から、その権力・権能の一切を、すなわち「国家の主権」を、市民革命などの機会を経て、全面的に相続することと相成った人民・国民(※1)。しかし、彼らが権力の全面的奪取掌握の根拠とした、まさにその人民・国民主権の観念として、「現世的」には支配者と被支配者が同じ立場にあるどころか、実際全く同じ者であるがゆえに、その関係の絶対性=非対称性が明示しえない、という困難につきあたる。つまり、人民・国民というきわめて「現世的な存在」が、「いかなる現世的関係からも超越しているからこそ、神性的権威の代理人として、その立場の正統性=正当性を有する主権者たりうる」という命題を突きつけられるにあたり、これは二重に生ずる矛盾として、彼ら自身による統治の正当性=正統性に対し、ある種の軛を課すものとなっていたのであった。

 もし、「王であれ人民であれ、誰を代入しても構わないような『場所』」(※2)として設定されたのが「主権者」の座であるとするならば、まさにその座=場所を「玉座」と見立てて継承し、さらにはその頭上には「王冠を戴き、束桿と飾帯で身を固めた主権者たち」(※3)こそ、他の誰でもない人民・国民自身のはずなのであった。戴冠せるネーション!これはむしろ、けっして揶揄の言葉とはならない。何しろ「主権者としての」人民・国民は、まさに絶対主権王位の正統な継承者のはずなのだから。
 かようにして、かつて絶対的な王権力の下に集中されていた支配は、その「絶対的な力と威厳」はいささかも変わらぬまま、人民の手による「主権=支配」の下に集中され、それと置き換えられることとなったわけである。
 しかし、そこで人民は、自分たちの手にある権力の「根拠」を探さねばならなくなった。
 われわれには確かに「力」はあるのだ。しかし一方で、「威厳」というものについては、どうなのだろう?われわれが支配者=主権者であることについて、他の誰にも(すなわち「他国の」いかなる支配者=主権者にも)有無を言わせないだけの「根拠」はあるか、あるならばそれははたして何であるか?
 われわれの成したことが単に「権力の置き換え」などではなく、われわれがわれわれ自身の手で「古い権力」を取り除き、われわれ自身が今や新しい権力となることがいかに「正当」なことであるかということを根拠づける、そんな「新しい権力の意味」とは、はたして何だろう?
 そこで人民は、とある政治的観念の古層から、一つの有力な考えを発掘してきたのであった。
「…権力と権威に関する古い理解が、古い権力と権威の代表者たちが非常に激しく非難されたにも関わらず、新しい権力の経験を、ほとんど無意識に、無効になっていた諸概念へと方向づけた…。」(※4)
 その「無効になっていた概念」とはまさに、古代ギリシャに開花していた「デモクラシー」なのであった。人民は、彼ら自身の「権力=支配を権威づけるもの」として、その「いにしえの夢」を地中深くから呼び起こしてきたのである。
 しかし、そのような「権威づけ」についてもまた、実のところすでに絶対主義王権において、「神を呼び起こして権威づけること」の置き換えとなっていたものなのであった。ゆえに人民が、ここで実際に呼び起こしたものとはむしろ、「絶対主義王権のいにしえの夢」なのでもあったのだ、というように見立てることもできるわけである。

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 アレント「革命について」
※2 柄谷行人「世界史の構造」
※3 プルードン「十九世紀における革命の一般理念」
※4 アレント「革命について」志水速雄訳

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