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一瞬の思考の先

西岡瑞樹は野暮ったい印象を与える女学生だった。重たいロングヘア、長めに切り揃えた前髪から覗く顔立ちは、年齢不詳と形容できる。ある年齢までは大人っぽいと言われ、ある年齢からは童顔と言われる類だろう。
 
彼女は俺達兄弟が住まうマンションの隣室に両親と三人で暮らしている。五年程前に越して来たらしいが、ご近所付き合いが希薄な地域故、これまで対面する機会も無かった。ある朝、俺は制服に身を包んだ彼女と対面した。
 
「ピアノ、教えて貰えませんか?」
 
はじめましての挨拶も無く、彼女は唐突に口にした。余程言いたい言葉だったのか、礼儀知らずなのか、恐らく両方だろう。話を聞くと、どうやら彼女は音大を目指すピアニストらしく、隣室に住む兄の旋律を聴いて、俺たち家族に興味を持ったようだ。
 
俺達の住むマンションには有名人が三人いる。一人は高名な作家、もう一人は花形フィギアスケーター、もう一人は美人ピアニスト…それが俺達兄弟の母親だ。彼女はもういない。恐らく西岡瑞樹はその情報を聞きつけたのだろう。
 
観察するに、彼女は決して明るい性格では無い。若さ故の怖いもの知らず、しかし内向型、恐らく頑固な性格だ。そんな彼女がピアノの教えを乞うている。そして奇しくも兄はピアノ教室を開こうと我策しているところだった。彼女の熱意は利用できる、俺は直感的にそう考えた。
 
先ずは兄に報告だ、そして彼女の両親を説得する…彼女の熱意で駄目なら俺の編集者という肩書をチラつかせればいい。兄が如何に多忙な身か説明し、受講料を吊り上げよう。このマンションに住む人間は大抵が金持ちだ。金持ちは大抵の娘にバレエかピアノを習わせる。その手の奴等からは下手に安い受講料でなく、きっちり金を取った方がいい、高値は信用に結びつく。西岡家族の関係性を上手く利用しサイクルが作れたらそれで兄は収入を得る事が出来るだろう。
 
…そんな一瞬の思考の先に、俺は恐怖を見出した。以前同じように策を弄して兄に大怪我させた事がある。兄はまだその怪我から立ち直っていない。俺はまた同じことを繰り返すつもりなのだろうか?
 
考えた末に、俺は全て兄の意思に一任させることにした。一時帰宅し、兄に西岡瑞樹の要求を報告した。
 
「女子高生でしょ?やる。絶対やる」
 
兄は小躍りして喜んだ。不安が凄い。

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