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散人の作物

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私の執筆した文芸。
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#作品

春近し、初恋を

春近し、初恋を

沙汰無きは、無事なる事なり、と宣いしは祖母なり。そう言われる通り、私は祖父母宅を訪れるのは稀になっていった。それはつまり我が郷里に近づき難いからに他ならない。
あの通い慣れた街道を歩む時、或はあの感じ慣れた風を体に受ける時、著しいノスタルジーが私を包囲して、つまらぬセンチメントを喚起させるのだ。
例えば私は、故郷にて何か後ろめたい事をした。そういう訳では決してない。何をするにも何も出来ぬ空虚な街に

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二〇二二年 俳句集

二〇二二年 俳句集

二〇二二年に創りし俳句

初富士や雲に紛れぬ其姿     一月二日

冬空は何時の間にやら陽がのびて 一月四日

街静か久方振りなる白化粧    一月六日

木の枝やその身しなりし雪の後  

晴れた日の残雪白き光哉

晴れた日に残雪白木日陰哉    一月七日

寒風が吹けば落ちたりパナマ帽

冬空に浮かぶ真昼の青き月    一月十四日

あの夏と変わらぬ月をただ一人

あの夏と変わらず見つめる昼

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日記を読むという事、日記を書くという事

日記を読むという事、日記を書くという事

#読書の秋2022
年の瀬に押し迫ってただでさへ慌ただしい日常に拍車がかかる。労働や勉学から帰るべき場所に帰って来た安堵。明日が始まるその前に今日を思い出す。そして思い出を書き記す。日記とは畢竟、その繰り返しである。進行する未来に従って積もり行く諸事。書いて記したその日々に自分たるものが存在して居たと再確認する作業。消えるだけの日々を可視化するという事に日記の最たる楽しみがあるというべきではなか

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短編小説『水辺の事語』

短編小説『水辺の事語』

序章 流れ

拙宅の近くに川がある。時として勢い急であるが平静は比較的穏やかな方であろう。幼少期よりその川は遊戯に適した場所であるため親しんでいる。今でこそ泳いだり飛び込んだりはしはしない、がそれでもその流れを眺めに行く事はしばしば。殊更に美景と感じているのではないが、とはいえ、見慣れた水の流れは私に心の平安を与えてくれる。
そんな出自もあってか私は水辺をいつの間にか好む様になった。よしんば私がメ

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短編小説『アルバムを捲る様に』

短編小説『アルバムを捲る様に』

毎日ぶらぶらそこらを散歩している僕は時としてアルバムを捲る様に昔日の日々を思い出すことによって暇を潰すことがある。その思い出のアルバムの中身は、例えば告白出来ずじまいで終わった七菜香という女性への恋慕や自分の命さへ差し出したかった沙希という女性との思い出がある。それが何だといえば何でもないのだが。
兎角、人間には個人的な思い出というものは全くつきものであるし、思い出の中でのみ生きているという人間の

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