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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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#ショートショート

窓の女(ダイナミック・ウィンドウ)

「すみません。ラッキーストライクください」
「ごめんよ。うちはうまい棒と消しゴムの店だよ。何味がいい?」
 ランドセルを背負った少年は何も買わずに帰っていった。

「はい、いらっしゃい」
 青年は酷く調子が悪そうだ。
「夕べから熱っぽくて……」
「食前に1錠、朝夕2回2週間分出しとくよお大事に」
 薬を受け取ると青年はせき込みながら帰って行った。

「いらっしゃい」
 次々と客が押し寄せる。この街

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念仏は馬の耳に

念仏は馬の耳に

「馬が念仏を求めて来ております」
「馬が? どんな馬だ」
「追い返しますか?」
「いや。奇特な馬だ。少し聞かせてやれ」
「わかりました。では、私が」

チャカチャンチャンチャン♪

「和尚、また来ました」
「何また馬が来ただと?」
「追い返します」
「ばかもん! お前は気が短い」
「すみません。あの馬がうるさいもんで」
「聞かせてやれ」
「はあ」
「聞きたがってるんだろ。聞かせてやれよ」
「では私

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空回りチェーン

空回りチェーン

「最大で半額!」

(ただで美味しい思いはできないものだ)

 まずは規約に目を通して申し込み用紙に記入。会員カードを作成する。それから厨房に入ると皿洗いを手伝った。社訓を暗記してマネージャーに納得してもらう。厨房の清掃が終わるとバックヤードに入って投資ビジネスについて学んだ。猫店長に挨拶を済ませてようやく本題の寿司と向き合うことができた。客になるのも楽ではない。少しつまんだくらいでは話にならない

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イレギュラー・ミッション

イレギュラー・ミッション

「アテンションプリーズ。個別のインスピレーションをコネクションしてジェネレーションを正常にセットした後、可燃性フラストレーションをポゼッションによってシミュレーションを完了させてください」

 要求が高いな。僕にはそこまで理解できない。ビニール傘は未開封のまま整列している。スポティファイはエラーなく再生されている。しかしこのままでは行き詰まることは想像できる。やるべきことはとても多い。わかってはい

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天国への道

天国への道

 僕を置いて誰の幸せも来ないだろう。だから、僕は何としても加わる必要があった。世界よ見るがよい。僕の働きを見届けるのだ。

「銀よ動くな! 今更遅い」

 角さんが進み出ようとする僕の動きを止めた。君がいなくても世界は回る。そのようなことを言い残して、敵陣に飛び込んでいった。一足で向こう側へ渡れる角さんのことが羨ましかった。だけど、言う通りにしよう。現在地は、世界の中心からあまりに遠くかけ離れてい

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きき感覚

きき感覚

「一口に酒類と申しましても、これはもう皆さんも十分ご承知のように、ワインから始まりまして、と言ってもこれは始まりは他にあるという声もあるところですが、また種々の酒類がもたらす効果についても自由研究の枠を超えて、これまた世界中から様々な知見を集めてそれに当たっているところと聞いております。いずれにしろ、そうしたことをミックスして得られる快楽や危機的な状況へとつながる高揚感を持ったカウンターを注視して

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風のアモーレ

 お化けでも出そうな生暖かい風が吹いていた。出るなら出ろ。お化けなんかは少しも怖くはない。恐れるべきは、自分の胸の奥深いところに眠る怨念の方だ。風の向くままにいつでも運ばれてきた。季節を問わず私は風が好きだった。(だから時には本気になりすぎることもある)
 自分で決めた道ならば、全責任を自分で負わなければならない。幸いなことに、いかなる時も私は決定権を持っていなかった。

「答えは風に吹かれている

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ショートショート・インタビュー

 インタビューは電車が止まっている僅かな時間の中で行われた。とても時間がないからだ。

「いつもどんな時にアイデアが浮かぶのですか?」
「わからない。浮かぶよりも早く消えている」
「瞬間的にキャッチするような感じでしょうか?」
「モチーフに追いかけられている」
「どんな感じでしょうか?」
「浮かんではつかむ。つかんでも安泰じゃない」
「逃げてしまうからでしょうか?」
「いつまでもそこにいてくれない

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ポエム・バー

ポエム・バー

 時速5キロで歩く花嫁と花婿の後ろを、少しほろ酔いで歩いた。弾む足取りの二人はこれから街の教会に行って誓い合うのだ。私はチョコレート味と書かれたバーを食べていた。それが示すところはチョコレートではないということ。

「どんな時にほしくなりますか?」
「少し疲れている時。あと小腹が空いた時。でも、何もなくてもとにかくほしくなる時はあります。好きですから」

「形はどうなってますか?」
「星のようだっ

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トラブル・ピアノ

 アジフライを魔法じみて美味くしているのは生演奏の香りが利いているせいもあった。繊細なタッチが極上の調べを生み出している。誰だろう。もっともっと楽しみたいというところだったのに、突然演奏は止まってしまった。何者かがそれを遮ったのだ。明らかに曲の途中だった。止めるにしても適した谷間があるだろうに。

「ここはお食事をするところですので」
「私は招かれたんだよ!」
 契約上の行き違いがあったようだ。

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パラレル・ユニフォーム

 おりこうにしていると予定より早く世間に出られることになった。久しぶりに歩く街はまるで未来社会のように感じられる。世の中の動きにすっかり乗り遅れてしまったようである。おじさんがサッカーの試合につれていってくれた。今は2021年だった。

チャカチャンチャンチャン♪

「えっ? なんでオリンピックなの? 奇数年なのに」
「黙ってみんかい」
「なんでなんでちゃんと説明してよ」
「何もわかっとらんようだ

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逃げる王様

逃げる王様

「王手!」
 おじいちゃんは耳が遠かった。ちゃんと大きな声で言わないと王手を手抜いて攻めてくるから大変だ。

「王手!」
「ふー」
 おじいちゃんが苦しそうに息を吐いている。だけどなかなか捕まらない。おじいちゃんの王様は大きく見える。

「王手!」
 ずっと僕の攻めのターンだ。王手は追う手だと言う人もいる。だけど王手の誘惑にはかなわない。玉は包むように寄せよという格言もある。そんな風呂敷みたいな真

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風の棋士の拾い将棋

風の棋士の拾い将棋

「もういいや」
 また勝利の女神に振られてしまった。駒を投じるのも腹立たしい。しかし、私の力ではもはや挽回不可能。私は局面をまるまる道に投げ捨てた。棋理にもマナーにも反することはわかっていた。つまり、私はどうかしていたのだ。横たわる人間でさえも容易く見過ごされる街なのに、誰かが私の負け将棋を拾い上げた。

「まだ指せる」
 風の棋士は言った。道の上で指し継ぐ内に対戦者も戻ってきた。私はもはや助言で

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モブ&ピース

 大工が釘を打てば猫が駆けてくる。先生が「レ」を弾けばレモンを持った子供たち。花屋さん、八百屋さん、牛に、狢に、桃太郎。猿はライオンに乗ってやってきた。演技指導はいらないよって。不思議とみんなの呼吸が合っている。キリンがくる。シマウマがきた。馬はレースを抜け出して。みんな陽気に歌っている。みんな素敵に踊っている。

「あの二人の幸福のために」
(二人の幸福を中心に平和が築かれる)
 歌と踊りの力は

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