トラブル・ピアノ

 アジフライを魔法じみて美味くしているのは生演奏の香りが利いているせいもあった。繊細なタッチが極上の調べを生み出している。誰だろう。もっともっと楽しみたいというところだったのに、突然演奏は止まってしまった。何者かがそれを遮ったのだ。明らかに曲の途中だった。止めるにしても適した谷間があるだろうに。

「ここはお食事をするところですので」
「私は招かれたんだよ!」
 契約上の行き違いがあったようだ。

「他のお客様の妨げになりますので」
「何の妨げになるんだよ」
 会話は噛み合ってない。押し問答のようなやりとりが続いている。私は箸を止めた。ご飯も、味噌汁も、お茶さえもまずくなってしまった。

「そうは仰いましても」
「だからね、私は招かれたからいるんだよね」
「どうしてもというならば外で……」
「はあ?」
 ピアニストは両手を開いて何故の形を作った。

「あのね、ギターじゃないんだよ。重いんだよ。わからないの?」
「こちらは楽しくお食事をされる場所ですので」
「もういいよ!」
 ピアニストは最後に3度怒りのタッチを残して立ち去った。無念の不協和音がフロア中に広がって、いつまでも窓硝子が震えていた。
 
 楽しませることが楽しみだったのにね……。
 私は硬くなったアジフライに向いて手を合わせた。



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