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【魔王と暗殺者】私と彼女の人生は儘ならない。【[It's not]World's end】

【抄録】


夕暮れの体育館。
趣味のボルダリングでテスト勉強のストレスを発散していた私は、手を滑らせ落下し死んでしまう。
目が覚めると、そこは異世界。
誰もが見蕩れる美貌。
誰をも凌駕する才能。
誰もが私を持て囃す。
私は魔王家の跡継ぎとして新たな生を受けた。
恵まれた才と環境で私は何不自由無く日々を送る。
この優しい世界で私は第二の人生を歩むーーそう思っていた。

ある日の放課後。
私の忠告に耳を貸さず無茶な技に挑戦した親友は、私の目の前で頭から床に落ちて死んでしまった。
そうして私の転落が始まった。
私を罵倒する同級生。
私を糾弾する大人達。
私には居場所が無い。
私は彼女を恨み、そして屋上から飛び降りた。
目が覚めるとそこは、漫画のような異世界だった。
私は期待と希望を胸に第二の人生を歩み始めるーー筈だった。

「なんで、こんなにも儘ならないのよ」
「本当に、私の人生は儘ならないなぁ」

魔属の王家に生まれた私。
人属の貧民に生まれた私。

私が転生したのは魔属と人属が永きに渡り戦争を続ける世界だった。
私が転生したのは神達が人を支配し魔属との戦争を続ける国だった。

私はその戦争を終わらせたくて魔王になった。
私は国に従い魔王を殺す為に暗殺者となった。

異なる種族。異なる境遇。異なる文化。
何もかもが違った私と彼女は、運命に導かれ再び出逢う。

これは、私と彼女の異世界交友録。

 
 
【プロローグ】

 
 
 
 

【世界の終わり】

 轟轟ごうごうと絶え間なく吹き荒ぶ風が、私と私の手を掴む親友の身体を容赦なく叩く。
 私達はまるで小さな点だけで大樹の枝に繋がれた一枚の葉っぱの様だった。
 このままひらりと散り行くのを待つだけの枯れ葉の様な存在。 
 彼女は我が身の行く末を覚悟めていた。
 私はといえば、このまま落下して眼科に広がる瀟洒しょうしゃな石畳に身体を叩き付けられたら、どんな奇跡的な落ち方をしたとしてもそれはそれは呆気なく死んでしまうのだろう。という短絡的な未来で頭がいっぱいだった。
 不吉な未来を頭から振り払い、ただ、私と彼女、二人が助かるにはどうしたら良いのだろうと考えることに努めた。

 彼女がつんざくように叫ぶ。
  
「お願い! 放して! 理嘉りかまで落ちちゃう!」

 私はひしゃげたような衰えた声で、それでも必死に応える。

「放せっ……て、言われて、放せる訳ないでしょ……! それより……しっか……り……掴んでよ! 今の私は、さき……より、非力なん……だからさぁ!」

 それに、この手を放したら、さき、死んじゃうじゃない。
 もう、二度と幸を死なせるもんか。
 投身自殺なんて、一度で十分でしょうが!

「何で……何で死なせてくれないの……?」

 幸が俯き呟く。
 彼女の表情は、目元を隠す為だけに伸ばされた前髪にまんまと邪魔されて垣間見ることすらできない。
 彼女の持つ柔らかに輝く美しい銀髪は、今はその本来の役割を一寸ちょっとも果たすことなく、彼女から漏れ出した悲壮な言葉をただただ際立たせるだけだった。
 痩身で華奢な矮躯わいく
 前髪で隠された深いクマと剣呑な目付き。
 腕や脚、見えていない部位にも残っているのだろう傷痕や火傷痕。
 前世の姿とはまるで違う彼女。
 その全てが、これまで彼女が歩んできた生、誰かに傷付けられ、逃げ出し、そして他者を寄せ付けず生きて来た幸の人生を物語っているようだった。

「何で、って、友達だからでしょ!? 違うの!? 幸は、私の、親友なんじゃないの!? そう思ってたのは……私だけだったの!?」

 私は彼女の耳にちゃんと届くように声を張り上げ、上と下、それぞれに伸ばした腕と指先に力を込める。
 壁面にある僅かな窪みに右手の指を掛け肘をぴんと伸ばす。
 両足は今も必死に足場を探している。
 地表からほぼ垂直に伸びた塔の壁面に垂れ下がる私たちは、さながら不格好な蛹みたいだろう。
 もう一方、真下に伸ばした左腕には幸の右手が握られている。
 宙ぶらりんの状態で私の手を辛うじて掴んでくれている幸は、今にも私の指先をするりと抜けてしまいそう。
 もし私がほんの僅かでも力を弛めたなら、幸は迷わず私の手を放すだろう。
 それ程に幸は、幸の心は追い詰められている。
 そうさせてしまったのは他でもない私だ。
 私という存在が幸を、幸の人生を狂わせ、苦しめた。
 
 私は。
 私はあとどれくらい彼女に答えてあげられるだろう。
 あとどれくらい私は彼女に問うてあげられるだろう。
 それとも、今この瞬間が私と彼女の最後なのだろうか。
 喉の奥から込み上げてくる鉄臭いものを堪えて、幸の答を聞いた。

「……理嘉は、私の親友だよ。こんな馬鹿な私を赦してくれたんだもん。……だから理嘉、そんな顔しないでよ。私は今、満たされてるの。……本当よ? この世界に来て、良いことなんて一度も無かった。向こうで死ぬ前から、ずっと理嘉の事を恨んだ。こっちに来てからも理嘉を恨んだ。そして理嘉と再会して、あなたを憎んだ。それからずっと、理嘉を殺すことだけを、理嘉に復讐することだけをずっと考えて生きてきたの。理嘉を殺すことだけが私の生きる目的、生きている理由だった。生き続ける糧だったの。私、あなたを今でも憎んでる。……でも、それでも理嘉は私の事を受け入れてくれた。赦してくれた。私に生きる場所を与えてくれた。……だからね、私、今とても幸せなの。これだけは本当。だから、これ以上理嘉から大切なものを奪ってしまう前に、私は死ななきゃいけないの……!」

 私へ向けた偽りが一つもない本当の声を、こうなる前・・・・・に一度だけ吐露してくれた本心を、生死の境に垂れ下がる幸は隠すことなく口にする。
 その言葉で私が力を弛めるとは思っていないはずだ。
 その言葉で私の心が揺さぶられるなんて思っていないはずだ。
 つまりそれは、彼女が最期に私に伝えたい想いだということ。
 もう、それで満足なのだということ。
 だから、幸は顔を上げ微笑んだのだ。
 いつも、そうしてくれていたように。
 前世向こうでいつも私にそうしてくれていたように。
 あの頃のように。
 あの頃のような優しい表情で。
 幸は優しく目を細めて、私を真っ直ぐに見詰め、少し羨ましそうに微笑んだのだ。

「だからお願い。この手を放して……?」

 今にも消えてしまいそうな幸の言葉が私の胸を締め付ける。
 私は窪みに必死に指を食い込ませ、幸の言葉に逆らって、冷たい、まるで血が通っていないかのように冷えきった幸の手を強く握り締める。
 しかし私の想いとこの手に込めた力とは裏腹に、幸の指から力が失われていくのを感じる。
 まるで一足先に大地へと零れ落ちていくように。
 するすると私の指の間を抜け落ちていくように。

「なん……で……!?」

 何で!? 何でこんな事に……!?
 やっと解り合えたと思ったのに……!
 やっと、やっと一緒に居れると思ったのに!
 何で! 何でよ!? 幸!!

「理嘉。私に笑いかけてくれてありがとう」

 指先から幸の冷たさが抜け落ちた。
 最初からそこには何も無かったみたいに。

「ヤだ!! ヤだヤだ!! さき!! さき!! 待って!! さきぃぃぃぃぃぃ!!!!!」


 

______________________

続き



サムネイル画像:ぺい氏


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