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古井由吉関連の連載記事、および緩やかにつながる記事を集めました。
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#文学

木の下に日が沈み、長い夜がはじまる

木の下に日が沈み、長い夜がはじまる

 本日、二月十八日は古井由吉(1937-2020)の命日です。

 樹の下に陽が沈み、長い夜がはじまる。机に向かい鉛筆を握る。目の前には白い紙だけがある。深い谷を想い、底にかかる圧力を軀に感じ取り、睿い耳を澄ませながら白を黒で埋めていく。

 目を瞑ると、そうやって夜明けを待つ人の背中が見えます。

 合掌。

※ヘッダーの写真はもときさんからお借りしました。
#古井由吉 #杳子 #夜明け

まばらにまだらに『杳子』を読む(07)

まばらにまだらに『杳子』を読む(07)


反復され変奏される身振り
 あるひとつの作品のなかで、または複数の作品のあいだで、ある言葉や身振りや光景が、わずかに移りかわりながら、くり返されることがあります。

 ともにふれる、ともぶれ、共振。
 ふれる、振れる、震れる、触れる、狂れる。ぶれる。ゆれる。
 もたれあう、つりあう、釣りあう、吊りあう、釣り合い・吊り合い。

 今回は、以上の言葉の身振りとイメージが、『杳子』という言葉で書かれた

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夢のかたち

夢のかたち


死者たちの声 読む、詠む、黄泉、病み、闇、山

 辞書を頼りに「よむ」という音を漢字で分けると、「よみ」と「やみ」と「やま」が浮かんで、つながってきます。

 連想です。個人的な印象とイメージでつないでいます。夢路をたどるのです(夢は「イメ(寝目)の転」だという、夢のような記述が広辞苑に見えます)。

 よみ、やみ、やま、ゆめ。

 連想するのは、死者たちの集まる場所です。そこでは姿が見えるとい

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見る「古井由吉」、聞く「古井由吉」(その1)

見る「古井由吉」、聞く「古井由吉」(その1)

聞く「古井由吉」、見る「古井由吉」
 古井由吉の小説では、登場人物は聞いているときに生き生きとしていて、見ているときには戸惑っているような雰囲気があります。

 耳を傾けることで世界に溶けこむ、目を向けることで世界が異物に満ちたものに変貌する。そんな言い方が可能かもしれません。

     *

 私にとって「古井由吉」とは小説の言葉としてあります。それ以上でもそれ以下でもありません。かつて渋谷の

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見る「古井由吉」、聞く「古井由吉」(その2)

見る「古井由吉」、聞く「古井由吉」(その2)


Ⅰ 一目瞭然、見てぱっと分かる
 前回の「見る「古井由吉」、聞く「古井由吉」(その1)」では、以下の図式的な分け方をしてみました。

*聞く「古井由吉」:ぞくぞく、わくわく。声と音が身体に入ってくる。自分が溶けていく。聞いている対象と自分が重なる。対象が染みこんで自分の一部と化す。世界と合体する。

*見る「古井由吉」:ごつごつ、ぎくしゃく。事物の姿と形がそのままはっきりと見えるままで異物に変貌

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見る「古井由吉」、聞く「古井由吉」(その3)

見る「古井由吉」、聞く「古井由吉」(その3)

 前回に引きつづき今回も、『妻隠』における「見る「古井由吉」」と「聞く「古井由吉」」を見ていきます。

*「見る「古井由吉」、聞く「古井由吉」(その1)」
*「見る「古井由吉」、聞く「古井由吉」(その2)」

 長い記事です。太文字の部分に目をとおすだけでも読めるように書いていますので、お急ぎの方はお試しください。

Ⅰ 「見る「古井由吉」」と「聞く「古井由吉」」
 まず、この連載でつかっている「

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くり返される身振り(好きな文章・06)

くり返される身振り(好きな文章・06)

 今回は、作家がくり返し書いている身振りについて書いています。そうしたくり返しのもたらす既視感が、私はたまらなく好きなのです。

書き手の癖、読み手の癖
 このところ吉田修一の小説を読みかえしているのですが、再読するのはぞくぞくするからです。わくわくよりもぞくぞくです。

 どんなところにぞくぞくするのかと言うと、吉田の諸作品に繰りかえし出てくる動作とか場面にぞくぞくします。

 反復する、つまり

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古井、ブロッホ、ムージル(その2)

古井、ブロッホ、ムージル(その2)

 今回は、古井由吉が訳したロベルト・ムージルの『愛の完成』で私の気になる部分を引用し、その感想を述べます。

・「古井、ブロッホ、ムージル(その1)」

 以下は、「古井、ブロッホ、ムージル」というこの連載でもちいている図式的な見立てです。今回も、これにそって話を書き進めていきます。

     *

*聞く「古井由吉」:ぞくぞく、わくわく。声と音が身体に入ってくる。自分が溶けていく。聞いている対

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エッセイ、一人称の小説、三人称の小説

エッセイ、一人称の小説、三人称の小説

 今回は、古井由吉のエッセイと小説を紹介します。

 前回の記事でお知らせしましたように、しばらくnoteでの活動をお休みして読書に専念するつもりでいたのですが、気になる下書きが複数あるので、ペースをうんと落として投稿する方向に気持ちが傾いてきました。ふらふらして申し訳ありません。

◆雪の描写
 古井由吉が金沢大学の教員として金沢に住んでいたころを回想した文章を読んでいて、感動したことがあります

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