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君はあの夏を覚えているか。

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小説纏めた。家族を考える至極真面目な切なくもじんわりくるヒューマンドラマ調novel。
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第一幕 五頁 砂上の城

第一幕 五頁 砂上の城

 眩しい光は……夏の蜃気楼の様に
 焼けついたアスファルトと……揺れるのよ。

 国道沿いの安くオンボロのお城みたいな形のラブホよ。
 貴方から逃げて私が行く先は、逃げたつもりで何も変わらない、現実と同じ……崩れそうなお城。
 貴方と巫山戯て作った海辺の砂上の城の方が、今思うと白い貝殻で飾られ、流れるまで語り合う時間が……幾分か幸せだったとさえ思える。
「上手く誤魔化せたか?」
 此の男は、見えも

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第一幕 四頁 僕の道

第一幕 四頁 僕の道

ーーー

 戻ってみれば誰もいない、己だけの我が家。

 何の為に飛び出したか分からない儘に、何時もの安楽椅子に腰掛けると、虚しさの様な物を感じていた。
 何時もと同じ……感情を掻き立て過ぎない程のクラシック音楽が漣の様に、僕の心を宥めてくれるに違いない。

 そう思っていたが、三曲目が終わっても僕の心に漣は訪れてはくれなかったのだ。

 それどころか、曲数を重ねる度に増す此の騒ついた物は何であろ

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第一幕 三頁 夏の喪失

第一幕 三頁 夏の喪失

静かに僕は息子の義治が何かを物色している音を聞いていた。

何をしているかなんて野暮な事は聞きもしない。

態々僕に其れを言いに来たのではあるまい。

僕が思うに、金でも無くて金策に困り、妻が派手に袖を振ったものだから、僕な目が見えないのを良い事に、金目の物でも漁りに来たんだろうさ。

それだけ会っていなかったんだ。
もう、赤の他人同然になるには、距離も時間も十分過ぎる。

其れを証拠に、義治は妻

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第一幕 ニ頁 心、此処ニ不在

第一幕 ニ頁 心、此処ニ不在

「親父!いるんだろう?!」
二度目の誰かが呼んでいる声がした。
ガラガラと玄関の木戸が開く。

鍵も無いのに、其の扉は開かずの扉。
僕は開けない。
誰も開ける必要も無い。
開けるのは妻だけである。

然し、
誰も開けないと信じていた扉が開けられたのだ。
其処で初めて身の危険と言う物を感じたが、それでも僕は動かなかった。

ラジオを止める事もない。
此のラジオから流れるクラッシックの数々を聞いている

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第一幕 一頁 君はあの夏を覚えているか。

第一幕 一頁 君はあの夏を覚えているか。

第一章  輝きに満ちた夏の日に

なぁ…君。
未だ…覚えているか。

あの夏の日の…
高い…高い…真っ新な青空。

遥か遠くに見える、真っ白な入道雲。

太陽は輝き…
全てが美しかった。

君の笑う横顔…。

僕は…永遠にあの日の君の笑顔を、一枚の写真を胸に焼けつける様に…

今も…鮮明に覚えています。

ーーーー

「じゃあ…出掛けて来るから」
妻がそう言ったので、僕は手を振り微かに笑いました。

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