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臀物語

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タイトルをしりとりで繋げる物語、です。 「しりものがたり」と読みます。 第1,第3,第5日曜日に更新予定です。 詳しくはプロフィールに固定してある「臀ペディア」をお読みください。
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#雨相月士

銀歯

目を覚ますと、既に太陽は高い位置に差し掛かっていた。
枕元のスマホを見ると、示された時間は昼前。このままでは一日を無駄にしてしまう、そう思い、自らの体を奮い立たせるように声を出しながら体を起こす。
まずはキッチンへ。ここでポットにお湯を入れ、その間にと洗面所に向かい、顔を洗う。
お湯が出るまで時間のかかるこの家では、眠気を覚ます意味も込めて冷水で顔を洗うのが日課となっていた。
キッチンに戻り、お湯

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スポーツ

「じゃあ高森、乾杯のあいさつやってくれよ。」
「え、俺がすんの?」
「そりゃあそうだろうな。」
 初芝がそう言って笑う。
「頼むよ、幹事さん!」
 照井も調子よくそう言った。
「まあそれじゃあ……」
 高森は渋々ジョッキを持ち上げる。
「それでは、久しぶりの再会を祝して、乾杯!」
「「乾杯ー!」」

 ここは都心にあるスポーツバー。
 高森は久しぶりの飲み会の会場として、学生時代に何度も足を運んだ

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 いつもの喫茶店。いつもの席。いつものコーヒー。いつもの風景である。

 朱里との結婚を決めてから、雨相はそれまでのように勝手気ままに旅に出たり、原稿を上げなくなったりすることはなくなっていた。
 高森としては翻弄されなくなったことを喜びつつも、どこか寂しさも感じており、子供が生まれて以降、すっかり飲みに行けなくなってしまった学生時代からの友人のことが頭をよぎった。
 このまま先生はどんどん丸くな

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チリ

「今日はお招きいただきありがとうございます。これつまらないものですが。」
 そういって手に持っていたデパ地下のスイーツが入った袋を手渡した。
「わざわざありがとうございます。僕なんていつも高森さんにはお世話になってるのに。」
「そんなそんな。雨相先生あってのものですよ。」
 普段とは違うこの雰囲気。それもそのはずだ。
 高森は、今まで、雨相の家まで原稿を貰いに押し掛けたことは何度かあったが、こんな

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ラード

「松野くん、一緒に帰らないか?」
そう声をかけてきたのは、クラスメイトの九十九英一(つくも)だった。
「ああ、もちろん。」
俺は当然のように了承した。

彼と知り合ったのは、高校の入学式の日だった。彼は、俺と陽介が廊下で話しているのを見て、話しかけてきたのだった。
「はじめまして。」
声のする方を見ると、そこには、身長は平均よりやや高いくらいだが、とても恰幅のいい眼鏡をかけた男が立っていた。
「僕

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ドル箱

 日曜日、今日は家に一人きり。寝ころびながら本を読んでいると、家の前に大きな車が止まった音がした。
インターホンが鳴る。何か届いたのだろうか、そう思った俺は起き上がってモニターを見た。するとそこには、宅配業者のトラックではなく、一台のキャンピングカーが鎮座していた。
 慌てて外に出るとキャンピングカーの中にいたのはもちろん、じいちゃんとばあちゃんだった。
「二人とも、どうしたの急に。」
「いやあキ

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迂回

「はい、これで問題ないと思います。」
 そういって高森さんは原稿を置いた。
「先生、今回は原稿上がるの早かったですね。」
 わざわざ棘のある言い方をしてくる。
「ダメでしたか?」
「いやまさか、むしろありがたいくらいですよ。」
「それならよかったです。」
「そうですね……」
どうにも歯切れが悪い。
「どうしました?」
「いやでもやっぱり、先生にしては珍しいなと思いまして、なんかあったんですか?相談

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ランドセル

 インターホンが鳴る。モニターを除くとそこには宅配のお兄さん。
「お届け物です。」
「はい、ありがとうございます。」
 しかし最近何かを頼んだ覚えはない。
酔ったついでに注文してしまったのだろうか。いや、最近そこまで飲んだ記憶もない。
色々な考えを張り巡らせながらドアを開ける。
「ではこちらにサインの方お願いします。」
「はいはい。」
 そういって印鑑を押し、小さめな箱を受け取った。重さは、そんな

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ルアー

「やっと繋がった!先生、原稿は上がりましたか?」
「いえまだです。」
「やっぱりですか。ちなみに進捗状況は?」
「ほぼ手付かずですね。」
「なんでそんな冷静に答えられるんですか!早く書いてくださいよ。」
 高森さんは半分泣きながらそう訴えた。
「先生、今何してるんですか?」
「今からつろうと思って。」
「え……今なんて?」
「つろうかと思ってます。」
「早まらないでください!」
 思わず耳から携帯

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カラス

「俊くん、このあとどうする?」
「うーん、映画まではまだ時間あるし、喫茶店でも行くか。」
「じゃあさ、この前テレビで見た中国茶専門の喫茶店とかどう?」
「へえ、面白そうじゃん。」

 帰省を終えて東京に戻ってきた俺は、紫月と久しぶりのデートに来ていた。
「映画までまだ一時間くらいだっけ。」
「うん、それくらいかな。」
「てか中国茶の専門店なんて言うから変わったお茶しかないのかと思ったけど、意外と普

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リンゴ

 夏休みももう終盤、俺は陽介の家に遊びに来ていた。
「まっつんはもう宿題終わった?」
「あとちょっとってとこだな。陽介は?」
「まだ結構残ってる。」
 悲しそうな顔をしながら陽介はそうつぶやいた。
「読書感想文がどうにも。」
 陽介とは長い付き合いになるが、そういえばこいつが本を読んでいるところは見たことがない。
「これから大学生とか社会人になったら色々本を読まなきゃいけないこともあるんだから、そ

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