ドル箱

 日曜日、今日は家に一人きり。寝ころびながら本を読んでいると、家の前に大きな車が止まった音がした。
インターホンが鳴る。何か届いたのだろうか、そう思った俺は起き上がってモニターを見た。するとそこには、宅配業者のトラックではなく、一台のキャンピングカーが鎮座していた。
 慌てて外に出るとキャンピングカーの中にいたのはもちろん、じいちゃんとばあちゃんだった。
「二人とも、どうしたの急に。」
「いやあキャンプ帰りでな。」
 じいちゃんはいつものようにガハハ、と笑いながらそう答えた。
「車がないけどなんだ、今日は勇樹一人か。」
「うん、二人は出かけてる。」
「そうか。じゃあここにちょっと停めさせてもらうな。」
 そういうとじいちゃんはすんなりと駐車場にキャンピングカーを停めた。
「ちょっとあがってもいいかしら。」
「もちろん、入って。」

 リビングのソファーに腰かける二人に俺はお茶を出した。
「これしかないけど、どうぞ。」
「勇樹は気が利くなあ。」
「本当、立派に育って。」
 二人はとても嬉しそうにそういった。
「そんなことないから。」
 おじいちゃんおばあちゃんという生き物はほんの少しのことでも孫を褒めてくる。どこの家でもそういうものなのだろうか。
「いやあ日曜日だから亜寿美や勇作くんにも会えると思ってたんだがな。」
「ごめんね。なんか用事でもあったの?」
「用事ってわけじゃないけど、みんなの元気な顔を見に来たのよ。」
 ばあちゃんはニッコリとしながらそう言った。

 この二人は勇樹にとって、母方の祖父母にあたる。
 祖父の白崎尊(しらさきたける)は、公務員として定年まで勤めあげ、定年退職後は祖母とともに趣味に生きるようになった。
 キャンピングカーを買って以来、キャンプをしたり、バイクでツーリングをしたり、釣りをしに行ったり、その趣味は多岐にわたっていた。
 祖母の白崎響子(しらさききょうこ)は、職場で知り合った尊と結婚。結婚後、そして出産後もパートとして働き、尊が定年退職するのと同じタイミングで退職した。
 響子は物静かでいつもにこやかな雰囲気からは想像つかないほどアクティブな性格で、キャンプやツーリング、釣りなど、夫である尊よりもむしろ積極的なほどだった。

「最近学校の方はどうだ?」
「うーん、特に変わりないよ。」
「変わりないのが一番よ。」
 それから学校であった他愛もない話をしたが、そのたびに二人は微笑んでいた。
「二人は、結構いろんなところに行ってるの?」
「まあそうだな。」
「でも先週なんかは割と映画ばっかり見てましたよね。」
「ああそうだったな。」
 二人はアウトドアな趣味だけでなく、映画鑑賞や読書など、インドアな趣味にもはまっていた。
 時間がいくらあっても足りない、それが多趣味な二人の口癖でもあった。
「勇樹は見たか、『リンゴノマチ』。」
 そういえばそうだ、前に陽介に紹介した『リンゴノマチ』の映画が遂に公開されたのだった。
「本は読んだから見に行こうとは思ってたけど、まだいけてないや。」
「あれはなかなかいいぞ。」
「主演のあの俳優さんの演技もなかなか良かったわよね。」
「ああそうだったな。なんていったっけ……ああそう、ナルオカユウカンだ。」
「知らないや。」
「まだ若い俳優さんみたいよ。」
「多分、俊作とかとそんなに変わらないんじゃないか。」
「へえ、そうなんだ。」
 確かに高校生くらいになってくると、今を時めく若手俳優やアイドルと年齢が近いことを、改めて実感することがある。
「ナルオカユウカンって俳優はたぶんこれから出てくるぞ。ドル箱俳優だな。」
 ドル箱俳優、今日日なかなか聞かない言い回しである。
「ああそうなんだ。」
「よし、せっかくだから今から一緒に見に行こう。」
「え、今から?」
「それもいいわね。それで帰りにご飯でも食べて、帰りはちゃんと送ってあげるから。」
 そんなことを心配しているわけではないのだが。
「どうだ?」
「ねえ。」
 そんな期待に満ちた表情をされては断ることなんてできない。
「わかった、じゃあ二人に連絡だけするね。」
 そういって俺は母親に電話をかける。
 俺からの返事を聞いて嬉しそうにしている二人を見て、なんだかこちらまで嬉しくなるのだった。

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