迂回

「はい、これで問題ないと思います。」
 そういって高森さんは原稿を置いた。
「先生、今回は原稿上がるの早かったですね。」
 わざわざ棘のある言い方をしてくる。
「ダメでしたか?」
「いやまさか、むしろありがたいくらいですよ。」
「それならよかったです。」
「そうですね……」
どうにも歯切れが悪い。
「どうしました?」
「いやでもやっぱり、先生にしては珍しいなと思いまして、なんかあったんですか?相談なら乗りますよ。」
 高森さんは真剣な表情を浮かべながらそう言った。こうも真剣な顔でそう問われるとこちらも調子がくるってしまう。
「なんか心なしかそわそわしてる気もしますし。」
「別にそわそわなんてしてないですよ。」
 僕は半分ムキになってそういった。
「いや絶対おかしいですって。何でもいいから話してくださいよ。」
「いや……」
 高森さんにここまで言われてしまうと話さざるを得ない。
「笑わないで聞いてくれますか?」
「そりゃあもちろん!」
「いや実は、今週末に小学校の同窓会があるんですよ。」
 高森さんは静かにうなずく。
「で、それに参加しようかと思いまして。」
「いいじゃないですか。」
「でも小学校の同級生と会うのなんて久しぶりなんでなんか緊張しちゃって。」
「緊張、ですか?」
「同級生の中に僕の人生を変えてくれた人がいて。」
「人生を変えてくれた人?」
「はい。高森さん、僕のデビュー作を覚えていますか?」
「それはもちろん!『迂回探偵~上遠野京之介(かどのきょうのすけ)は近道には程遠い~』ですよね。」
「すごい、ちゃんと副題まで覚えててくれてるんですね。」
「そりゃあもちろん!私は先生の編集者であると同時に、一熱狂的ファンですからね。」
 この人はそんなことを恥ずかしげもなく言い切るから本当にすごい。
「あ、ありがとうございます。」
「いえいえ。」
 高森さんは満足げな表情を浮かべている。
「で、そのデビュー作と小学校時代の同級生にどういう関係があるんですか?」
「僕が小説家を目指したきっかけが六年生を送る会で演劇の台本を書いたことだって話はしましたっけ。」
「はい、以前伺いました。」
「その時のお話はほとんど覚えてないんですけど、大学生くらいになって当時の同級生と会った時に、お前の書いたあの探偵の劇、面白かったなって言われて、そういえばそんなの書いたっけ、って。」
「なるほど、それで探偵ものを。」
「そうですね。その頃は趣味程度に書いてるだけで誰かに見せたりすることはなかったんで、ここはいっそ初心に戻って探偵ものでも書いてみようと思いまして。」
「へえ、それが『迂回探偵』につながってくるわけですね。」
「はい。全然主軸とは関係ないことをしちゃうのに最終的には犯人を見つけてしまう上遠野京之介というキャラを考えたんです。」
「いやあまさかそんな裏話があったなんて。」
 高森さんは感心したようにそう言った。
「じゃあその探偵の劇が面白かったって言ってくれた同級生と会うのが緊張するんですね?」
「いや……」
「え違うんですか?じゃあどなたなんですか?」
「僕が台本を書いたらいいんじゃないか、って提案してきた人です。」
「ああ、なるほど。」
「多分初恋だったんですかね。」
 僕は思わずそう漏らした。
「初恋?まさか先生からそんな言葉が聞けるなんて……」
「そりゃあ僕だって人並みに恋くらいしますよ。」
「おおお、なんか新鮮ですね。」
 高森さんはにやにやしながらそう言った。
「何ですか、悪いですか。」
「いやいや全然いいんですけどね。」
 高森さんはまだ笑っている。
「笑わないって言いましたよね?」
「それは……すいません。」
 そう言い終わるとすぐにまた高森さんは笑った。
 本当にこの人は……
「いやでも私もその人に会ってみたいですね。」
「なんでですか?」
 僕は怪訝そうな顔でそう聞いた。
「それはもちろん、雨相先生の生みの親といっても過言ではないからです。」
「生みの親?」
「私はあなたのおかげで雨相先生と出会い、そして一緒に仕事をすることができました。ありがとうございます、って。」
「いいですからそんなこと言わないで。」
「それに……先生の初恋の人も見てみたいですし。」
 にやにやとした顔をしながら高森さんはそういった。

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