カラス

「俊くん、このあとどうする?」
「うーん、映画まではまだ時間あるし、喫茶店でも行くか。」
「じゃあさ、この前テレビで見た中国茶専門の喫茶店とかどう?」
「へえ、面白そうじゃん。」

 帰省を終えて東京に戻ってきた俺は、紫月と久しぶりのデートに来ていた。
「映画までまだ一時間くらいだっけ。」
「うん、それくらいかな。」
「てか中国茶の専門店なんて言うから変わったお茶しかないのかと思ったけど、意外と普通のもあって安心したわ。」
「ウーロン茶だって中国茶だもん。でもたぶん茶葉とかにもこだわってるから普通のウーロン茶よりもおいしいと思うよ?」
「そういうもんか。」
 他愛もない話をしていると、研修中という名札を付けた店員さんがお茶を運んできた。
「こちらジャスミン茶と、ウーロン茶になります。」
「ありがとうございます。」
 まだ淹れたてなのだろう、湯気が立ったお茶からは気持ちをリラックスさせてくれるようないい匂いが立ち込めてくる。
「うん、美味しいな。やっぱり市販のとは違う気がするわ。」
「本当にわかってる?」
 紫月が意地悪そうにそういう。
「紫月に限らず、ジャスミン茶が好きな女性って多いよな。」
「そうね、コンビニとかでも見かけるとついつい買っちゃうかも。」
「俺はちょっと苦手なんだよな。」
「おこちゃまなんだから。」
 紫月がにこっと微笑む。

 小学生の頃から高校を卒業するまでずっとサッカー部に所属していたが、大学に入ったら別のことに打ち込みたいと考えていた。部活動やサークルの紹介パンフレットを眺めていたがグッとくるものには出会えず、どうしようかと悩んでいた時、学校の掲示板に貼られていた学園祭実行委員会のポスターを見て、これしかない!、と確信した。そしてそこで紫月と出会い、付き合い始めたのだった。


「どうしたの?ボーっとして。」
「いやなんでもない。そうだ、ウーロン茶って漢字分かる?」
「突然どうしたの?」
「いいから。」
「えー。鳥に龍じゃなかったっけ。」
「惜しい、あれは鳥じゃなくてカラスなんだよ。」
「え、そうなの?」
「ほら、線が一本足りないだろ?」
 俺はメニューを指さしながらそう言った。
「ホントだ。」
「なんでカラスに龍なんて書くと思う?」
「うーん、全然わかんない。」
「ウーロン茶の茶葉が、カラスみたいに黒くて、龍みたいに曲がりくねってるからなんだよ。」
 紫月は目を真ん丸にして驚いていた。
「そうなんだ。よく知ってるね。」
「まぁ、弟からの受け売りなんだけど。」
「え、弟さん?」
 紫月はさっきよりも驚いた表情を浮かべていた。
「結構物知りなんだよ。小さい頃から。」
「そうなんだ。」
 紫月がにこっと笑いながら続ける。
「弟さんと仲いいんだね。」
「まあね。」
「一人っ子だからそういうの羨ましいな。」
「いや、俺なんかは逆に一人っ子に憧れるけどな。」
 俺はそう言って笑った。

「よし、そろそろ行くか。」
「そうね。『思考と記憶』だっけ。」
「そうそう、本は読んだ?」
「雨相月士さんだっけ?」
「そうそう。」
「昔、『リンゴノマチ』は読んだけど、これは読んだことないかも。」
「そっか。まあ簡単に言ったら、ものを考えるのが苦手だけど記憶力抜群の男と、記憶喪失だけど色んなことを考えるのが得意な男が一緒に旅をする話だよ。」
「へえ、なんか面白そう!」
「だろ!ちなみに、オーディンって知ってる?」
「神様だっけ。」
「そう、北欧神話の神様。そのオーディンに付き添うカラスがフギンとムニンって言って、それが思考と記憶って意味なのよ。」
「そうなんだ。え、それも弟さんの受け売り?」
「いや、これは逆に俺が教えた。」
「へえ、そんなこともあるんだ。」
「こう考えるとあれだな、兄弟っていいのかもな。」
「何それ。」
 紫月は意地悪そうに微笑んだ。

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