リンゴ

 夏休みももう終盤、俺は陽介の家に遊びに来ていた。
「まっつんはもう宿題終わった?」
「あとちょっとってとこだな。陽介は?」
「まだ結構残ってる。」
 悲しそうな顔をしながら陽介はそうつぶやいた。
「読書感想文がどうにも。」
 陽介とは長い付き合いになるが、そういえばこいつが本を読んでいるところは見たことがない。
「これから大学生とか社会人になったら色々本を読まなきゃいけないこともあるんだから、その時のための訓練と思ってちゃんとやるんだな。」
 はーい、と気持ちのこもっていない返事をする陽介。
「読む本はもう決めたのか?」
「いや、それも決まってない。なんかおすすめとかない?」
 捨て犬のような目でこっちを見てくる。この顔をされると無下にはできない。
「じゃあ、雨相月士(あまいつきじ)さんの『リンゴノマチ』は知ってるか?」
「うーん、知らないな。有名?」
「この前映画化も発表されたし、割と有名だと思うぞ。」
「どういう話なの?」
「あらすじ聞いたらちゃんと読むか?」
 陽介は首を縦に振った。俺は渋々あらすじを話すことにした。

 とある片田舎の街に突如として現れた巨大なリンゴの木。その木になる大きなリンゴを食べた人間は嘘をつけなくなってしまう。それからその木は「悪魔の木」と恐れられるが、ある日不治の病にかかった少年が最後の願いとしてその大きなリンゴを食べたところ、嘘をつけなくなった代わりに病気が完治する。それからその木は「御真木」と呼ばれるようになって……

「まあざっくり話すとこんな話だ。」
「なるほど、なんか興味出てきたかも!」
「それならよかった。」
「でも、なんでリンゴなの?」
「聖書に出てくるアダムとイブって知ってるか?」
「最初の人間、だっけ?」
「そう。神様から、食べちゃダメ、って言われた禁断の果実を食べて楽園を追放されるんだよ。」
 陽介が興味津々に聞いてきた。
「それがリンゴなの?」
「そういう説もある。実際、アダムが禁断の果実を飲み込もうとして引っかかったから、喉ぼとけのことをアダムのリンゴって呼ぶ国もあるくらいだしな。」
 納得した表情を浮かべる陽介。
「まっつんは本当に色んなこと知っててすごいよ。」
 そういう風に言ってもらえると素直に嬉しい気持ちになる。しかし実際のところは、どこかで見た知識を披露しているだけに過ぎないのだ。こうやって素直に人をすごいといえる陽介の方がすごいと思う。
「陽介の方がすごいよ。」
 陽介はぽかんとしている。
「ねえ、もしまっつんが不治の病にかかったとしたらそのリンゴを食べる?」
 急な質問に動揺する。陽介はたまに、本当にたまにではあるが、妙に的を射た発言をする。
「嘘をつけなくなるって知ってたら食べないかもな。実際、不治の病だった少年は治ってしまったがために苦悩するし。」
「それもそうか。でもさ、副作用こそあれど確実に治療法があるのに試さないのは自ら命を絶つことと同じなんじゃないかな。」
「それはまた違うだろ。だってその病気が治ったって明日事故にあって死んじゃうかもしれないし、自殺というよしむしろ延命措置とかと似てるんじゃないか?」
「いやでもだよ、生きながらえることができるのにそれを諦めることは、」
「ちょっと待て!」
 俺は大きな声で陽介を制した。
「本貸してやるからこれ読んで、で、読んだうえで読書感想文にそれを書け!」
「その発想はなかった!」
 輝いた表情を浮かべた陽介に、俺は「リンゴノマチ」を貸すのだった。
 それから数か月後、陽介の読書感想文は読書感想文全国コンクールで入賞するのだがそれはまた別の話である。
 やっぱり、陽介の方がすごいよ。

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