ランドセル

 インターホンが鳴る。モニターを除くとそこには宅配のお兄さん。
「お届け物です。」
「はい、ありがとうございます。」
 しかし最近何かを頼んだ覚えはない。
酔ったついでに注文してしまったのだろうか。いや、最近そこまで飲んだ記憶もない。
色々な考えを張り巡らせながらドアを開ける。
「ではこちらにサインの方お願いします。」
「はいはい。」
 そういって印鑑を押し、小さめな箱を受け取った。重さは、そんなに重くない。
 ドアを閉めて差出人を見てみると、そこには母親の名前が書かれていた。
「仕送りでもないだろうし、なんだろう。」
 箱を開けてみるとそこには手紙ともう一つ小さな箱が入っていた。
「手紙なんて珍しい。」
『少し前に連絡したけど、家の大掃除をして拓夢のものも色々処分しました。』
 確かに、少し前に母親からどれを取っておくかと写真付きでメールが届いた。
『拓夢は全部捨てていいと言ってましたが、さすがにそれはできなかったので私の方で処分するものを決めました。』
 自分からしたら特に思い返す必要もないのでそう答えたが、結局はこうなるんだろうと思っていた。
『ランドセルも場所を取るし、貰ってくれる人もいないから本当は処分しようかとも思ったんだけど、少し前にテレビでミニランドセルというものを見て、思い切ってやってもらったので送ります。』
 なるほど、この小さな箱に入っているのはランドセルなのか。しかしこういうものは祖父母や両親が持っておくもので本人が持っておくものではない気がするが……とりあえず開けてみよう。
 小さな箱を開けると、分かっていたことではあるが、そこには小さなランドセルが入っていた。
 使い古した雰囲気が漂う黒い皮、いつついたのかわからない小さな傷、カチャっと回すロックの部分。鮮明に覚えているわけではないが、あの頃使っていたランドセルがそのまんま小さくなっている。
 そんなミニチュアランドセルを見ているとふとあの頃のことが思い出された。
 
 元々本を読むのが好きで暇さえあれば読書をしていた僕はクラスでも目立たない静かな男の子だった。でも小学五年の冬、僕の人生は一変した。
 その日のホームルームの時間は六年生を送る会で何をするかについて話し合っていた。
 でも僕はちゃんとは会議に参加せず、言われたことをやればいいや、そう思いながら窓の外を眺めていた。
 すると、突然誰かに肩を叩かれた。
「玉上くん、呼ばれてるよ。」
「え?」
 前を見ると黒板には、オリジナル劇の文字。
「玉上くん、前に来て。」
 教壇に立っている野沢さんが僕を呼ぶ。
 恐る恐る前に出ると野沢さんがみんなに向かって話し始めた。
「私、読書が好きでよく図書室に行くんだけど、どの本も玉上くんが私より先に借りてるの。」
 確かに野沢さんからそんな話をされたことは前にもある。
「玉上くんは図書室にある以外にも色んな本を読んでてよく話すんだけど、最近は自分でお話考えてるらしいの。」
 顔が真っ赤になるのが分かった。何で野沢さんはそんなことを言ったんだろう。
「いやそれは……」
「恥ずかしがることじゃないわ。むしろ誇るべきことよ!」
 そうは言われても、恥ずかしすぎて俯くことしかできない。
「だから玉上くんには今回の劇のお話を書いてもらいます!」
「え……え嘘だよね?」
「本当よ?みんなもいいわよね?」
「いいと思う!」
「玉上くん頑張って!」
「期待してるぞー。」
 僕が断る間もなく、僕以外全会一致でお話を書くことが決定したのだった。
 拍手で教室が包まれる中、野沢さんは、
「玉上くんならできるわ!」
 と。ウインクをしながら小声で言った。
 
 この時に書いたお話はもうあまり覚えていない。でも終わった後でみんなから褒められたのだけは覚えている。
 それからお話を考えることがそれまで以上に好きになった僕は、その道を目指すことにしたのだった。
 電話が鳴る。母親からだろうか。
 電話を手に取ると、そこには今一番見たくない名前が。
「はいもしもし。」
「先生、原稿の進捗状況はどうですか?」
「ぼちぼちですかね。」
「はあ、全くなんですね。」
「よくわかりましたね。」
「嫌でもわかりますよ!」
 思わず耳から離したくなるような大声。
「毎回言ってますけど先生はね……」
「待ってください。今日は初心に帰れることがあったんで書ける気がするんです。」
「え、本当ですか?」
「はい、本当です。」
「その感じは、本当ですね。」
「さすが高森さん。」
「じゃあ首を長くして待ってますから。よろしくお願いしますよ、雨相先生。」
 そういって電話は切れた。
 初心忘るべからず。パソコンに向かった僕は、久しぶりに雨相月士としてではなく、玉上拓夢として向き合ってみることにした。

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