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教師主体から学習者主体へ
生徒が主体的に学ぶことを支援する仕組みと方法を組織的に確立するためには、ファシリテーションやコーチングの視点が必要だということを最近特に感じます。
心理的安全性という意味では、職員室も危うい気がしていて、会議では結局オピニオンリーダー的な人や声の大きい人の発言だけが目立ち、他は黙ってしらけムード、という印象。
どうしたら教員集団の前向きな対話が増えるのか。生徒に主体的にと言っている我々が実践でき
自分「が」主語になると、不器用になる
最近どうしたわけか、教育系雑誌から取材をよく受ける。私が教育者というわけではなく、農業研究者であることを知ったうえで。なんとも不思議な気分。
たぶん、私の表現も悪かったのだろうけれど、取材を受け始めた当初、上がってきた原稿で気になる傾向があった。
「先生が~してあげる」「先生は~すべきである」「先生は~であるべきである」あるいは、先生が親に置き換わっていたり。これらの表現の何が気に入らないかとい
教師のリフレクション
緊張感のなさ、職員室のギスギスした空気。何かと言えば誰かへの不平不満。これじゃ病む人も出てくるよなと思い、職員集会で演説ぶってやった。
基本は授業、なんでもかんでも生徒のせいにしない、意見の相違は当然のことだから相手の立場で考えてみよう、そもそも誰のための教育か、我々がロールモデルになろう、我々がまずは振り返りの必要がある、対話を大事にしよう、などなど。
多くの先生から話を聞いて現状把握した